こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

風の前奏曲

otello2005-12-19

風の前奏曲

ポイント ★★★*
DATE 05/12/14
THEATER 銀座テアトルシネマ
監督 イッティスーントーン・ウィチャイラック
ナンバー 155
出演 アヌチット・サパンポン/アドゥン・ドゥンヤラット/アラティー・タンマハープラーン/ナロンリット・トーサガー
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


時に肌を刺す激しい風雨のように、時に優しいそよ風のように、時に気まぐれな蝶の羽ばたきのように、時に涼しげなせせらぎのように。変幻自在の旋律は自然のエッセンスと人間の心が融合し、共鳴し、聞く者の耳を酔わせる。ラナートとという木琴に似たタイの伝統楽器が奏でるメロディに身をゆだねれば、気持ちは安らぎ体はほぐれる。宇宙的な広がりを持つ音色はスピリチュアルな直感に満ち溢れ、余韻たっぷりに映像を彩っている。


ラナート奏者のソーンは子供の頃から天賦の才を伸ばし、青年時代には王族の専属楽団の主席奏者にまで上り詰める。1930年代になって近代化を進める国家によって伝統芸能が否定され、ソーンは苦しい立場に追い込まれる。


楽団同士の息詰まるような競演会はまるで格闘技のようだ。ラナートだけでなく打楽器、弦楽器などが激しく優雅なハーモニーを奏でる。一方の演奏が終わると、対戦相手が応戦する。相手の力量が自分より圧倒的に優れている時は、すごすごと逃げ帰るしかない。パトロンや観客の前で惨敗することは、主席ラナート奏者には屈辱以外の何物でもない。若き日のソーンがクンインという名人の嵐を呼ぶような打法の前に尻尾を巻いて逃げ出した後、数年後の再会で見事雪辱を果たすシーンは、体力と技術、そして魂のぶつかり合い。素手の殴り合いのような激しさだった。


そして、ソーンの人生の晩年は近代化の波に飲み込まれる。伝統を否定し、文化を破壊する国家権力。そんな彼らにラナート音楽の素晴らしさを自らの演奏で説得する。それは弾圧派の心に直接響き、暴力から芸術を守る。19世紀〜20世紀前半のアジア諸国で、自国の文化を否定し、西洋化=近代化と思い込んでいる指導者のせいで、どれだけの伝統芸能が消えたのだろう。タイでもまた同様に古いものがないがしろにされている、そんな現実がこの作品の行間から垣間見ることが出来た。


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