こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

男たちの大和

otello2005-12-23

男たちの大和

ポイント ★★*
DATE 05/12/18
THEATER ワーナーマイカルつきみ野
監督 佐藤純彌
ナンバー 158
出演 反町隆史/中村獅童/鈴木京香/仲代達也
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


日本は物量作戦ではアメリカに勝てない。それが太平洋戦争に完敗したときの教訓のひとつになっているはずなのに、この映画もまたハリウッド映画のスケールに迫るものを作ろうとして敗れている。特に、真の主役というべき戦艦大和の艦首から艦橋へとカメラが移動するシーンは、ハード面のディテールを描こうとして、結局質感の乏しいちゃちなCGでお茶を濁して全体の雰囲気を壊してしまった。ドラマ部分も主演の人気俳優二人だけでなく、少年兵の家族まで描こうとして焦点がぶれてしまっている。


大和乗組員の娘が枕崎の漁港を訪ね、沈没地点に舟を出せと頼む。大和の生き残り・神尾は彼女を船に乗せ港を出る。その途中、彼女に大和で一緒に戦った戦友たちと戦闘の激しさを語って聞かせる。乗組員はみな家族を思い、故郷を懐かしみ、そして国を守るために最期の沖縄特攻に向かったのだった。


男くささを前面に出し、良くも悪くも東映調の感動の押し売りが最初から最後まで続く。もちろん大和乗組員それぞれに人生があり、愛するものとの別れや人生の意味について考えたはず。しかし、その描き方もエピソードも十年一日のごとく、70年代の東映戦争映画から進歩していない。登場人物は期待と不安に胸を膨らませる新兵と、鬼のような古参兵、そして新兵たちの気持ちを理解して彼らに慕われる上官と、何度も見たことのあるワンパターンぶり。戦闘シーンの表現方法にしても目を見張るような驚きに乏しく、ただただ日本兵が米軍機の餌食になっていくだけ。大量の命が消費されるシーンなのになぜか実感が伴わないのは、「プライベート・ライアン」のように兵士の目線で戦闘を見ていないからだ。


戦友の死を間近に目撃し、自身もまた死の直前まで体験したにもかかわらず生き残り、申し訳なさに身をさいなまれながら戦後を生きた神尾だけが戦争の悲惨さを物語っている。追憶の彼方にある大和といかに折り合いをつけるか。その幻影は彼の人生に大きな影を落としているのだが、そこからは反戦の意図は読み取れない。もはや敗戦でしか日本は救われないと口にする、長島一茂扮する大尉の主張だけがこの作品の中で輝いていたが、これも「ローレライ」に似たような登場人物がいた。


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