こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

うつせみ

otello2006-03-07

うつせみ


ポイント ★★★*
DATE 05/12/16
THEATER スペース汐留
監督 キム・ギドク
ナンバー 157
出演 イ・スンヨン/ジェヒ/クォン・ヒョゴ/チュ・ジンモ
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


見つめ合うだけで決して言葉は交わさない。それでも食事をし、肌に触れ、まるで何かに追われるように転々と居所を変えるうちに、お互いの存在が不可欠になっていく。そんな男と女の不思議な関係に、奇妙なバランスの上に成り立つ心理的リアリティを持たせてフィルムに焼き付けていく。キム・ギドク監督の描く空間は無限の広がりを持つようでいて、実ははかないほどの閉塞間にとらわれている。言葉だけでなく気配まで消してしまった男は、ついには女にしか見えない霊のような存在になってしまうのだ。自分たちだけにしかわからない愛、それこそこの作品が求めた究極の愛の形なのだろう。


その若い男は他人の留守宅に勝手に入り込んで、その家で数日暮らしては次の留守宅に移るという生活を続けている。ある日、夫からひどい暴力を受けた女がひとりでいる豪邸に忍び込んだことから、彼女と行動を共にするようになる。しかし、ある老人宅で家人に見つかり警察に捕まってしまう。


男を演じたジェヒに一切の言葉をしゃべらせず、表情と視線だけで演技させる。彼が存在する理由は一切明らかにされない。気配は感じるのに姿は見えない。時々、本当にいることを証明するために証拠を残していく。この男の行動はそれこそ天使そのものだ。不幸な境遇の女には男に対して存在以上の直感がひらめく。彼こそが救いの天使、彼と共に生きることが自分の運命、そして彼を待つことが自分の使命と女は思い込むのだ。


だからこそ、男の側からこの作品を理解することはできない。彼はまだ未熟だけれど、心に汚れたところはない天使。やがて、ただ人間のそばに立ち、そっとうなじに息を吹きかけるように控えめな自己主張しかしなくなる。彼の視線を温かいものと感じ、彼の気配を心地よいものと感じる人間だけが「愛してる」という言葉を口にする。愛していない夫の肩越しに男と口付けを交わす女。物質的な豊かさより精神的な理解と思いやり、人間の心を満たすものは決して経済活動からえられないことを、この痛ましさと温かさが同居した寓意に満ちたシーンが強烈に訴える。


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