こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

花よりもなほ

otello2006-06-07

花よりもなほ


ポイント ★★*
DATE 06/6/3
THEATER 平和島シネマサンシャイン
監督 是枝裕和
ナンバー 85
出演 岡田准一/宮沢りえ/上島竜平/加瀬亮
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


刀で人を斬り、戦の修羅場を経験してこそ武士。何も作らず何も売らない彼らは、元禄という太平の時代においてはその存在自体が不要。主人公はその上剣術も未熟。ほんの少しだけ残った侍のプライドが二本差しと衣服の着付けに出ているものの、そのメンタリティは限りなく貧乏長屋に染まっている。岡田准一扮するそんな負け組侍は非常に現代風で、有名大学を出ながら自分のやりたいことが見つからず就職を先延ばししている大卒フリーターに限りなく近い。


青木宗左衛門は父の仇を討つために江戸に出て3年、いまだ仇を見つけることができず貧乏長屋で悶々とした日々を送る。そんな折、同じ長屋のおさえという未亡人と惹かれあい、彼女の息子に読み書きを教えるようになる。そしてついに仇を見つけるが、その仇にも妻子がいることを知り動揺する。


物語を描く上で、やはりクライマックスというものを持ってくるのが作家の役目だろう。一応、敵討ちを偽装して得たカネで長屋を立ち退きから救うというのがヤマなのだが、それとて入念な準備が描かれるわけでもなく長屋住人の猿芝居でお茶を濁す。これが引き金となって赤穂浪士の討ち入りというオチはつくものの、盛り上がり感はほとんどない。あらゆるエピソードが散文的で、無為に時を重ねるだけの主人公のぬるま湯のような心の象徴のようだ。変化は乏しいが、飢えもせず病気にもかからず、貧しさの中に楽しみを見つけてとりあえず生きていける。平和とはこういうものだと作者は言いたいのだろうが、やはり物語の受け手としては主人公の感情の爆発を期待してしまう。


ラスト、赤穂浪士にあやかって商売をする長屋の大家を尻目に、青木は自分が仇討ちを諦めて人をあやめなかったことに満足し、侍を捨て寺子屋稼業に生きる決心をする。そのときの笑顔が高原の空気のように清清しい。そう、学校の成績はよかったのに人を蹴落としてまで就職したくはない大卒フリーターが、教養と人当たりのよさという自分の売り物を武器に学習塾を開いてそこで生きる決心をするというのと同じ。描かれている主人公の心の変遷は、丸ごと現代の若者気質に通じるものだけに、親しみを持てた。


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