こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

硫黄島からの手紙

otello2006-12-13

硫黄島からの手紙


ポイント ★★★*
DATE 06/12/9
THEATER 109シネマズグランベリーモール
監督 クリント・イーストウッド
ナンバー 215
出演 渡辺謙/二宮和也/伊原剛志/加瀬亮
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


自分より階級の低い将官に対して丁寧語を使い、下士官・兵卒にも決して言葉を荒げたり高圧的な口調で命令を下さない。激戦地に赴任した司令官を、イーストウッド監督はまるで文官のような物腰の人物として描く。大和魂や神風精神ではなく、将兵の命を大切にしあくまで冷静に敵味方の戦力を比較した上で戦局を見極め作戦を立てる。日本映画では決して見られなかった、強靭な精神を知性でくるんだ大日本帝国軍人の新しいキャラクターを渡辺謙が確立した。


祖国防衛の最前線・硫黄島の司令官として赴任した栗林中将は残された兵とわずかな武器・食料で米軍を阻止する作戦を立てる。それは海岸線の防御ではなくトンネルを掘って米軍の虚をつくもの。やがて圧倒的物量・兵員の米軍が上陸、日本軍は徐々に追い詰められていく。


祖国に残してきた妻子への軍人たちの思い、残された家族たちの前線で戦う夫や息子、そして父を案ずる気持ち。それらが手紙に乗って交差する。愛するものからの手紙を読んでいるときだけ緊張感を忘れ、手紙を書いているときだけは心が安らぐ。絶望的な戦況で死という現実が確実に迫っている日本兵の、伝えたかった愛と伝えられない本音が地下壕にこだまする。ただ、元パン屋、元憲兵、元米国留学仕官、将軍から一兵卒まで家族への思いはみな同じということをいいたいのはわかるが、いちいち回想シーンを挿入することで物語がウェットになり、安直な日本映画を見ているよう。ポール・ハギス得意の群像劇も「クラッシュ」のような切れ味はない。


栗林中将のトンネル作戦に米軍は手こずるが、やがて弾薬・兵糧が尽きた日本軍は壊滅、あれだけ部下に玉砕・自決を戒めてきた栗林自身も自ら命を絶つ。彼は上官による部下への体罰・制裁を禁止し最下層の兵にまで気を配りその能力を発揮させようとするだけでなく、自ら現場に足を運び合理的な判断で臨機応変に戦局に対応し、そして最後はきちんと責任を取る。カリスマ性、人心のつかみ方、先見性、どれをとってもリーダーとして魅力的な栗林中将。彼の指揮下で戦った日本兵は、再び故国の土を踏むことはなくとも自分の死に意義を見つけ出すことができただろう。


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