こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

主人公は僕だった

otello2007-05-21

主人公は僕だった STRANGER THAN FICTION

ポイント ★★*
DATE 07/3/29
THEATER ソニー
監督 マーク・フォースター
ナンバー 61
出演 ウィル・フェレル/マギー・ギレンホール/ダスティン・ホフマン/エマ・トンプソン
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


決まりきった日常、決まりきった行動、決まりきった思考。まるで他人が決めたスケジュールどおりに生きてきたような男が自分の運命が誰かに握られていて、近いうちに死ぬ予定であることが分かったときに初めて自分の頭で考え、行動する。子供のころの夢を追い、恋をすることでやっと生きる喜びを知るのだ。しかし、主人公の運命を握っているのが同じ次元に住む人間であるという設定にはやや無理があり、それを納得させるだけの世界観の描きこみが甘い。


徴税吏のハロルドは判で押したような生活を日々繰り返していたが、ある日、自分の行動を実況するような声が聞こえ始める。その声がハロルドの死を予感させる言葉を告げたため、文学研究家を訪ねたところ、ハロルドの行動はカレンという小説家が執筆中の新作の主人公と同じであることが判明する。


ハロルドはいったいリアルな人間なのか、カレンの小説中の登場人物なのか、それともこの物語自体がハロルドの妄想なのかカレンの創作なのか。映画はその答えを持つわけではなく、ポイントは自分の人生は自分で切り開いていくことが大切であるということだろう。少しでいいからいつもと違ったことをしてみる、知らない他人と関わってみる。そこにはわずらわしいこともある反面、新しい発見や出会いが必ずあるはず。悲しみや怒りがあるかもしれないけれど、楽しさや喜びもきっとある。退屈で変化のない日常はそれなりに充実していても、本当の満足は苦労して勝ち取らなければ得られないことをハロルドの行動を通じて語る。


一方のカレンも、自分のタイプした物語どおりにハロルドが行動することに驚く。だが、彼女もまた主人公を殺すことでしか物語を完結させられなかった作風を、ハロルドとの出会いで新たな境地に達するのだ。作家が主人公を育て主人公が作家に影響を与えるという関係性は、文学においては理想的。ただこの映画の場合、小説と現実の境目があいまいなために奥歯に物が挟まったような違和感だけが残る。


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