こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

北極のナヌー

otello2007-10-12

北極のナヌー ARCTIC TALE


ポイント ★★*
DATE 07/10/6
THEATER WMKH
監督 アダム・ラヴェッチ/サラ・ロバートソン
ナンバー 201
出演
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


雪と氷に閉ざされた世界で授かった小さな命。母親に大切に育てられ、成長し、やがて自分で生き抜く術を教えられて自立する。そして彼らが母親になり、今度は命を授け育む立場になるまでをカメラは追う。その間、彼らが祖先から連綿と受け継いできた生活環境が激変し、はるか海を越えて移住しなければならなくなる。その変化に飲み込まれることなく新天地を求める冒険心を持ったものだけが進化の洗礼を生き残るのだ。


氷原の巣穴で生まれたシロクマのナヌーは、春になって地表に出る。一方、セイウチの群れではシーラが生を受け、母と子守役に大切に育てられる。数年後、氷の減少とえさ不足から住み慣れた氷原を離れ、岩場に囲まれた島に移住する。


母子家庭のシロクマと大家族主義のセイウチの対比は人間社会の縮図だ。オスのシロクマは単独行動なので、同種といっても母子兄弟以外はすべて敵。セイウチは1頭の子に2頭の大人が世話役となり、常に助け合いながら群れ全体で行動する。ここで描かれる2組の母子は、まるで成果主義にさらされた民間企業で働くシングルマザーと、手厚い互助精神の労働組合に守られた公務員のよう。シロクマは母子が同じ方向を向いて歩き子供のときから競争社会でのサバイバル術を教え込まれ、セイウチは母子が向き合って抱き合い集団生活の中で助け合いの精神を学ぶ。


丸々と肥え太り、腹いっぱい食べたあとで日向ぼっこをしながら放屁とゲップ繰り返すセイウチのほうがどう見ても平和で幸せそうに見える。その分、生き抜くための緊張感には乏しいが。反面、えさが少ないシロクマは生きることが戦い。助けてくれる仲間もおらずすべて自己責任、判断ミスが死に直結する。餌場の減少でさらに過当競争にさらされ、ナヌーも過労死寸前まで追い込まれる。しかし、美しさを覚えるのは、やはりどんなに厳しくともその孤高の生き方を変えないシロクマのほう。だからこそ日本語タイトルに名を連ねるのはナヌーだけなのだ。


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