こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

マルタのやさしい刺繍

otello2008-10-20

マルタのやさしい刺繍 DIE HERBSTZEITLOSEN


ポイント ★★★
DATE 08/9/4
THEATER 映画美学校
監督 ベティナ・オベルリ
ナンバー 215
出演 シュテファニー・グラーザー/ハイディ・マリア・グリョスナー/アンネマリー・デュリンガー/モニカ・グブザー
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


シワだらけの口元、ギョロっと輝く落ち窪んだ目、さらにとがった鼻と白髪は魔女を思わせるような容貌。そんな老婆が新たに見つけた目標に向かって突き進む過程で、見違えるようにチャーミングになっていく。宗教的な戒律が色濃く残るスイスの山村で、因習に背を向けるヒロインの姿は凛として美しくかっこいい。家族のために犠牲にしてきた年月を取り戻し、残り少ない人生だから悔いのないように生きる。失うものがなくなった人間の強さと、一度捨てた夢を再び追ううちに周りの村人まで変えてしまうパワーは、希望が命の源であると教えてくれる。


夫の死でふさぎこんでいたマルタは、手芸の腕を生かしてランジェリーショップを開く。しかし村人の理解を得られず、店は開店休業状態。しかも息子のヴァルターが勝手に商品を捨てて店を奪ってしまう。


ピンクやラベンダーといった派手な色とレースの装飾をほどこしたランジェリーに込められた女たちの思い。「見えないからこそおしゃれをする」、セクシーな下着を身に着ければ心がときめくのが、村の男たちは分らない。男に同調する妻たちも眉をひそめる。そんな性的なモラルの厳しい土地なのに、牧師をしているヴァルターが美容師と不倫している矛盾。保守派の急先鋒の男も両親の介護を投げ出している。普段外ではリーダーシップを取っている男が、家庭内では揉め事を抱えていてまったく別の顔を見せるところなど非常に皮肉が効いている。


やがて伝統的な模様の刺繍とネット販売でマルタの店に大量の注文が舞い込み、村でもギャルたちが愛用し始める。もはや誰もマルタがもたらした変化の波をとめられない。外聞など気にせずにやりたいように振舞う女たちのおかげで建前ばかり大切にする男たちの世界が崩れていく。一方、その手で引き金を引いたにも関わらず、村の喧騒を尻目に飄々とトランプしているマルタ。彼女の行為が示すのは、行動を縛っているのは自分自身であり、自分を解放するのもまた自分の意思であるということなのだ。


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