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映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

彼女の名はサビーヌ

otello2009-02-14

彼女の名はサビーヌ Elle s'appelle Sabine

ポイント ★★★*
DATE 08/11/12
THEATER TCC
監督 サンドリーヌ・ボネール
ナンバー 277
出演 サビーヌ・ボネール
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


視線の定まらないうつろな目、緩慢な動作、口から垂れたよだれ、貧しいボキャブラリー、そして不安になると暴力的衝動に走る。もはや認知症患者のように退行した理性は介護者なしでは満足に生きていけない。さらに食欲を抑えきれず幾重にも贅肉が付いてしまった肉体は短時間の運動で疲労する。尊厳を失いつつある妹をカメラに収める姉がしてやれるのは見守ることだけ。安らかな生を願いながらも、いつか自閉症が回復する日が来るのではと期待する気持ちが悲しい。


フランス女優・サンドリーヌ・ボネールの妹・サビーヌは街はずれの療養所に滞在している。手厚い介護と厳格な生活指導でなんとか人並みの暮らしを続けているが、彼女の病状は快方に向かう見込みはなく、何とか薬でパニック障害の発作を抑制している状態だ。


子どものころから他人とは違っていたが、それでも美しく活動的だったサビーヌ。NYに旅行したときやビーチでのバカンス、ピアノの練習までまだまだ輝くような若さを享受していたころの彼女は人生を謳歌している。きっと女性としての夢や希望、まだ見ぬ未来への展望もあったはずだ。そんな過去のビデオを時折はさみこみ、現在のサビーヌとのコントラストを強調する。


精神病院での5年間がサビーヌの思考や思い出を奪い今に至っているとサンドリーヌは断定するが、決して告発しようとしているわけではない。判断は入院前と退院後のサビーヌの姿を見せることで観客にゆだねる。最後にサンドリーヌはサビーヌのビデオを彼女に見せる。涙を流すサビーヌ、しかしそこに映っているのが彼女自身であると分っているのだろうか。わずかに残っている記憶の断片が彼女の心に楽しかった日々を蘇らせたに違いない。崩壊しつつある人格のなかで、ほんの少し見せた人間らしい感情。劇映画ならば問題提起をして終わりになるが、サンドリーヌにとってサビーヌの現実は彼女が死ぬまで直面すべき難問だ。その厳しさを想像するとき、本人よりも家族が味わう膨大な苦労を気の毒に思いながらも、一方で自分の身内でなくてよかったという奇妙な安堵を覚えてしまう。



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