こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ちゃんと伝える

otello2009-07-14

ちゃんと伝える

ポイント ★★★
DATE 09/7/13
THEATER GAGA
監督 園子温
ナンバー 166
出演 AKIRA/伊藤歩/高橋惠子/奥田瑛二
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


朝食を食べて出勤、仕事の合間に父を見舞い、恋人とのつかの間の語らい。癌で入院中の父親がいる以外、なんの変哲もない男の一日が淡々と描かれる。しかし、彼の抱える秘密を知った後では、同じ行動、同じ会話を繰り返してもがらりと意味が変わってくる。言葉の端々から恐怖や焦りがほの見えて、時間が限られた人間の目には何気ない日常がかけがえのないものと映る様子がリアルに再現される。脱皮を終えたセミに象徴される命のはかなさ、だからこそ悔いのないように生き急ぎ、愛する者に言い忘れたことがないように自分の胸中をちゃんと伝えようとする。


タウン誌編集部に勤める史郎は毎日勤務中に父の病室を訪れ、退院したら一緒に釣りに行く夢を語り合っている。高校時代、父がコーチを務めるサッカー部でしごかれた史郎は父に対して複雑な気持ちを抱いていた。


史郎自身が癌を宣告され、父よりも余命が短いかもしれないと告げられた時から彼の苦悩が始まる。恋人に打ち明けても相手にされず、両親にも心配をかけるからと話せない。せめて父親を看取りたいと父の死を願う一方、元気になってほしいという史郎の内なる矛盾が、抑制のきいた筆致でスケッチされる。日々平穏に見えるよう過ごす史郎の葛藤がテンションを増していく演出は、静謐な中にも爆発しそうな感情を抱く彼の心理を饒舌に表現していた。


おそらく史郎の高校卒業後の10年間は、ほとんど口を利かないような父子だったのだろう。父親という軛から脱し自由を手にした史郎は、家を出る勇気はないが両親と食事をしないことで意趣返しをする。父ももはや史郎に命令を下せない。そんな冷やかな空気が流れる家庭だったことうかがえる。父の記憶は高校時代に限定されるが、その厳しさが愛だったと気づいたときには父がもう存在しなくなっていたという皮肉。父の葬儀の日に、史郎は父の遺体と釣り糸を垂れる約束を果たす後ろ姿に、家族の絆が凝縮されていた。屈折した思いも幸せだった過去も、死んでしまえばみな消えてしまう。それでも、生きている者に懐かしい思い出を残せれば、人生は美しかったと肯定できるのだ。


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