こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

戦場でワルツを

otello2009-08-05

戦場でワルツを Waltz with Bashir


ポイント ★★★
DATE 09/7/31
THEATER SG
監督 アリ・フォルマン
ナンバー 182
出演
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


人は都合のよい思い出を捏造するだけでなく、忘れたい記憶をなかったことのように封印する。それはトラウマに苦しめられず快適に生きてゆくために働く脳の機能だ。だが、時として無意識のうちにフラッシュバックが起こり、決して事実からは逃れられないことを知る。映画は、従軍したにもかかわらず戦場での出来事を全く思い出せない男の、過去というパズルの断片を拾い集めて全体像を再構築する過程で、戦争の真実に迫っていく。恐怖、怒り、不条理、そして突然の死。殺し合いが日常となった異常な状況がいかに人の心を蝕んでゆくかを、切り絵のようなタッチの陰影が印象的なアニメーションがリアルな感覚で訴える。


友人から犬に追いたてられる夢を見るという相談を受けた映画監督は、自分の記憶に欠落があることに気づく。彼はかつて一緒に戦った戦友たちを訪ね歩き、失われた時間を取り戻していく。


その結果がとてつもない苦悩をもたらすことは分かっている。それでも、「何が起きていたのか」を知りたいという好奇心が自己防衛本能を上回る。これはアリ監督の自己再発見の旅であると同時に、ホロコーストの被害者として徹底的にナチスを断罪しておきながら、パレスチナの人民を大虐殺する正当性を主張するイスラエルというユダヤ人国家の抱えるジレンマを告発する行為でもある。しかもキリスト教系の民兵に実行させ自らは傍観者の立場をとる。アマチュアカメラマンが惨状をファインダー越しに見ても高揚感しか覚えないというたとえ話で、戦場では死すらも他人事のように客観視できるという精神の麻痺した状態を再現する。


ベイルート市内の開けた道路を進軍するイスラエル兵の小隊をゲリラ兵が狙撃したことから戦闘が始まり、銃弾や砲弾が飛び交う中次々と敵味方の兵士が倒れてゆく様を通り一本隔てた高層アパートの住民たちがベランダからスポーツ観戦でもするかのように眺めているというシュールな場面が非常に印象的だ。そこには、国家間同士の「戦争」ではなくあくまで「地域紛争」という詭弁を用いて、外国の影響力を排除しようというイスラエルという国の恐ろしくしたたかな外交戦略が凝縮されていた。しかし、そうした明らかな不正義は良心を持つ者によってかならず告発される。この作品がイスラエルから生まれた健全な人間の理性に少しの安堵感を覚えた。


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