こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜

otello2009-10-13

ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ

ポイント ★★★*
監督 根岸吉太郎
ナンバー 242
出演 松 たか子/浅野忠信/室井 滋/伊武雅刀/広末涼子/妻夫木聡/堤真一
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


借金を重ね、外に女を作り、まったく家庭を顧みない男。そんな男のたった一度の優しさを受け入れてしまったせいで不幸を甘受する女。常に「死にたい」と周囲に漏らし、弱さを積極的にさらけ出して相手を操っていく、あまりにも身勝手なのに不思議な魅力を持った作家と、彼の破天荒な生き方にじっと耐える妻の対比が鮮やかだ。最初に懐の大きな男と思わせておいて、信頼を勝ち得るととことんまでしゃぶりつくす卑劣な主人公のヒモ体質を浅野忠信がリアルに表現する。大人になっても甘ったれで人に迷惑ばかりかけているけれどどこか放っておけない、典型的なダメ男の本質がよく描けている。


大谷が盗んだカネを返すために小料理屋で働き始めた妻のさち。そこに大谷が愛人を連れ現れ、愛人に弁償をしてもらう。一方でさちがなじみ客と帰宅途中に同じ電車に乗っていると後をつける大谷。己の浮気を棚に上げ嫉妬する大谷にさちは怒りを爆発させる。


幼い時の「鉄環回し」で地獄堕ちの運命を悟ったからか、自分は不幸と決めつけ、その不幸に1人でも多くの人間を付き合わせようとしている大谷。彼の不幸ははかなさと美しさを兼ね備え、落ち込んでいたり逆境にある人々の心をわしづかみにして放さない。どん底を味わい、その苦悩を文学に昇華する才能だけは抜きんでていて、孤独を友とするような姿は母性本能をくすぐるのだ。


やがてバーの女と心中を決意した大谷は、森の奥で睡眠薬自殺を図るが、ふたりとも死に切れず警察に保護される。殺人未遂の容疑をかけられた大谷を救うためにさちは旧知の辻に弁護を頼み、大谷は釈放される。大谷に裏切られ、捨てられ、都合の悪い時だけ利用されるさち。それでもサクランボを一緒に食べ、手をつなぐことで生きている実感を得るさちは、絶望的な不幸の中で大谷の気持ちを理解しようとしていたのだろうか。大谷と暮らしても暗澹たる未来しか望めないのに満足そうなさちの表情が印象的だった。


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