こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

獄に咲く花

otello2010-04-15

獄に咲く花

ポイント ★★
監督 石原興
出演 近衛はな/前田倫良/目黒祐樹/赤座美代子/池内万作
ナンバー 90
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


獄中なのに句会や書道教室が開かれ、独房の行き来も家族の面会も自由、食事もきちんと支給されて懲役もない。ただ狭い敷地内から出られないだけの、いわば軟禁状態という獄のおおらかさに驚かされる。いくら身元がしっかりとした士分の囚人で逃亡の恐れがないとはいえ、牢獄の悲惨さは微塵もなく、囚人たちは時間を持て余している。現代の刑務所と照らし合わせても格段に人道的な処遇で、これぞ武士の特権とも思える獄内の描写が新鮮だった。映画は若き革命家の明るく先進的な思想に触れた女囚が再び生きる希望を見出していく過程で、命がけで信念を貫く勇気を描く。


幕末、海外渡航を企てた罪で萩にある野山獄に送られてきた吉田寅次郎(松陰)は、その人を分け隔てしない態度でたちまち人気者になる。ほとんどが終身刑の囚人たちは、次第に彼の言説に同調し、獄中に活気が戻ってくる。姦淫罪で投獄された唯一の女囚・久もまた寅次郎に元気づけられたひとりだった。


中高生向けの教育映画として作られたのだろう、寅次郎の日本を変えようとする理想はあくまで高邁で、彼のテンションはそれ以上にテンパッている。獄内の中庭で滔々と自由平等な社会の実現を説き、みな彼のヴィジョンに共鳴していく。その間、久にほのかな恋情を抱いていくが、人目があるゆえにお互い遠慮がち。しかし、物語は彼らの叶わぬ恋の行方よりも、寅次郎のスケールの大きな人物像を追う。ところが、彼には一緒に捕まった重之助が死んだとき以外は夢半ばで捕まってしまった後悔や、自分の将来に対する不安など微塵もない。寅次郎にもっと繊細な個人的悩みでもあれば共感できたのだが。。。


やがて老中暗殺計画を企てていたことが幕府に露見し、寅次郎は江戸送りになる。その際、久は白い着物に着替えて彼を見送るが、このシーンがいかにも作り物めいていて非常に不自然。並みいる警護の侍たちを蹴散らして久は寅次郎が乗せられた籠にすがりついて匂袋と文を手渡すのだ。久の寅次郎への思いを象徴するクライマックスなのだからもう少し工夫が欲しかった。