こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ソウル・キッチン

otello2010-10-29

ソウル・キッチン SOUL KITCHEN


ポイント ★★★
監督 ファティ・アキン
出演 アダム・ボウスドウコス/モーリッツ・ブライプトロイ
ナンバー 253
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


温めた冷凍食品と冷えたビールを提供しているレストラン、客はおいしい食事を求めているのではなく、酔って騒いで空腹を満たしたいだけなのだ。オーナーもまた、恋人以外とは深く付き合おうとせず広く浅いインスタントな交友に満足している。映画は、主人公が突然公私にわたる危機にみまわれたのをきっかけに、自分の人生を見つめなおしていく姿を描く。舌鼓を打つ料理も、困ったときに助けてくれる人間関係も、手間暇かけて築き上げていくものだと気付く過程で、男もレストランも周囲の仲間も変わっていく。その様子が押しつけがましくなく、コミカルで心をくすぐる。


倉庫を改造した食堂ソウル・キッチンを経営するジノスの最近は、恋人が上海に赴任したり、ぎっくり腰になったり、服役中の兄・イリアスが仮出所したりとあわただしい。頑固なコック・シェインを雇いメニューを一新すると客が寄り付かなくなり、さらに悪徳不動産業者にも目をつけられる。


自己資金で購入し改装も家具集めも自力でやったソウル・キッチンに強烈な愛着を持っているはずなのに、どこか冷めているジノス。料理に対する愛情もなければ客に対するサービスもイマイチで、イリアスが居着くと店の権利を譲って恋人のもとに旅立とうとまでする。しかし、現実は彼の思い通りにいかず、ジノスをソウル・キッチンに縛り付ける。ストーリーはあくまでジノスの奮闘物語とは一線を画し、彼の「がんばってます」感を極力抑えることで心地よいユルさを醸し出す。大勢の若者が踊り狂うクラブでひとり腰痛体操をするシーンが、この作品のスタンスを象徴していた。


◆以下 結末に触れています◆


結局、一度は人手に渡ったソウル・キッチンを様々な人々の協力と偶然のおかげで取り戻し、ジノスは営業を再開する。そこにはシェインはいないが、一人前に包丁を扱えるようになったジノスがシェインに仕込まれたメニューを調理している。ドタバタ劇の陰でもきちんとジノスの人間的成長を描き込んでいる、そんな優しさとユーモアに満ちた作品だった。