こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

冷たい熱帯魚

otello2010-11-18

冷たい熱帯魚


ポイント ★★★★
監督 園子温
出演 吹越満/でんでん/黒沢あすか/神楽坂恵/梶原ひかり
ナンバー 274
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


波風を立てずに暮らしてきた主人公は、突然現れた強引な男に呑み込まれていく。意識を操られ、あっという間に抜け出せない泥沼の深みに足を取られている。映画は、己自身だけでなく、家族とも対峙せず時の流れに身を置いてきた彼が、欲望という名の人間の本性に気付かされていく姿を描く。「死」をのぞき込み「生」とは何かを心の深層まで掘り下げて問い詰めていく過程では、その血塗られ異臭に満ちた凄惨な映像でさえ美しい。肉を刻み骨を焼く地獄を見て、彼は初めて「人生の痛み」に目覚めていくのだ。


小さな熱帯魚店の店主・社本は娘の万引きをかばってくれた村田に誘われ、村田が経営する大型熱帯魚店を訪れる。すっかり村田のペースにのせられた社本は、いつしか村田のインチキ投資話に巻き込まれていく。


村田は投資家からカネを巻き上げると相手を殺し、死体を解体して証拠を隠す。人肉を細切れにして川に捨て、骨は灰にして山に撒く作業を村田と妻の愛子は楽しそうにこなすのだが、社本は吐き気を抑えきれない。村田の強欲の前で、彼を刺激しないように言いなりになる社本。「捕まったら死刑」という覚悟と開き直りの前に、社本のちっぽけな良心や価値観は粉々に打ち砕かれ身動きが取れない。社本の考えを見透かす村田は“自分の力で生きてきた”自信に溢れている。そんな中、社本もまた村田に従ううちに己の奥に潜む凶暴性を解放していく。それは社本にとって初めて物事に真正面から向き合った瞬間だったのだろう。もう後戻りできないとわかっているからこそ、妻子と食事を取り、妻とセックスする彼の切なさが非常にリアルだ。


◆以下 結末に触れています◆


小市民の象徴である社本は、村田にまったく反論できない。得体の知れない大きな力の前では社本のような人間はいいなりになるしかないのか。村田の口から発せられる言葉の洪水は徹底的に社本に無力感を植え付け、思い通りに生きられない人々のすべての不満を代弁しているようだ。村田に扮したでんでんの、人のよさそうな外見の裏に狡猾と残虐を垣間見せる演技はまさに悪魔。社本のみならず、この作品を見る者の心理まで支配してしまうパワーには完全に圧倒された。