こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

再生の朝に

otello2010-12-16

再生の朝に -ある裁判官の選択- 透析

ポイント ★★*
監督 リウ・ジエ
出演 ニー・ダーホン/チー・ダオ/ソン・エイシェン/メイ・ティン/ジェン・ジェン
ナンバー 284
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


近代的国家の官吏として、情に流されず厳格に法を解釈するのが主人公の矜持。しかし、中国社会ではコネと義理人情が世の中を動かしているという実情のもと、彼は恨みを買って娘を失う悲しみに沈んでいる。そんな裁判官が時代と共に、己の信念が世の中と乖離していると自覚する。裁判では頑固なまでに持論を曲げなかったこの男が、屁理屈をこねるように急に法の盲点を突く姿が、人間らしさを取り戻した証拠。いくら理論で考えても、行動を促すのは感情なのだ。物語は彼の変化を通じて命の尊さを考えさせる。


裁判長のティエンは車を2台盗んだチウに刑法にのっとって死刑を言い渡す。腎臓移植のドナーを待つリー社長はチウの腎臓が適合すると知り、早期にチウの死刑執行を望む一方、チウとチウの家族に腎臓提供の同意を取り付ける。


ティエンもリー社長もチウの死を望んでいる。リー社長に腎臓を提供すれば貧しい母に大金を残せると知ったチウ自身も、最終的には死刑に納得する。法とカネの名のもとに、チウの命と腎臓はあくまでビジネスライクに“取引”される。映画はそういった情景を淡々とカメラに収めていくが、唯一リー社長の恋人が死刑囚からの腎臓移植に嫌悪感を覚えている。彼女は臓器移植のために意図的に死刑判決が増えるのではないかと直感的に悟ったに違いない。寒々とした映像のなかで、彼女の良心だけが体温を感じさせる存在だ。


◆以下 結末に触れています◆


ティエンは未登録の愛犬を警官に没収されそうになった時、その事情を訴え酌量を請うが「裁判官なら法を守れ」と一喝される。犬の命を思うことで人の命の重さを知る。自分の下してきた判決がいかに関係者の心を踏みにじってきたかを思い知る瞬間だ。そして法の適用にも被告を慮る必要を知ったティエンは、なりふり構わずチウの死刑執行を止める。他人の気持ちを思いやる、それこそが人間関係の基本。そこをさらりと描くリウ・ジエ監督の洗練されたセンスが光っていた。