こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

アメイジング・グレイス

otello2011-02-04

アメイジング・グレイス AMAZING GRACE

ポイント ★★*
監督 マイケル・アプテッド
出演 ヨアン・グリフィズ/ロモーラ・ガライ/マイケル・ガンボン/キーラン・ハインズ/ベネディクト・ガンバーバッチ
ナンバー 27
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


常識と思われてきた慣習に疑問を投げかけ、打ち砕いていくのはいつの時代にも若い力だ。人が人を売買し所有する奴隷制度に風穴を開け、彼らの人権回復に尽力した男の生き方を通じて、世の中を変えていくには鋼鉄の意志と実行力、信頼できる仲間、そして反対勢力の意表を突く智略が必要であるとこの映画は説く。多数派になるには、心情的には共感を寄せていても様々なしがらみからなかなか重い腰を上げられない人々の背中を押してやるのが肝要なのだ。主人公の理念に賛同しつつも地元有権者の意向ゆえに表だって支持できない議員の描写に、変革の困難がにじみ出ていた。


博愛主義者のウィルバーは黒人奴隷を使役するカリブ海地域の現状に胸を痛め、すべての奴隷貿易を撤廃する決意を固める。徐々に賛同者を増やし、非人間的奴隷労働の実態を訴えて世論の流れを変えていく。


18世紀末、いち早く産業革命を経て近代国家として歩み始めた英国の、豊かな市民階級の発達が物語の背景にある。ウィルバーも商人の出身で、彼の進歩的な思想は、酷使され力尽きたても鞭打たれる馬を助けた冒頭のシーンに凝縮されているように、すべての弱きものを救済すること。神に仕えて来世での救済を訴えるより、政治家として現世での救済の道を選ぶあたり、“言葉”より“行動”の大切さを体現する。革命という暴力ではなく議会を通じて奴隷制度と対決する姿勢は、あくまで民主主義のルール従う彼の真摯な精神が感じられた。


◆以下 結末に触れています◆


奴隷を縛めた手かせ足かせ、奴隷を運んだ帆船。それらには故郷では自由の身だったのに、理不尽な暴力であらゆる人間の尊厳を奪われた黒人たちの、苦痛と恐怖、怒りと絶望が怨念となって血と共に染みついている。ただ、ウィルバー自身は奴隷の使役現場を見た経験がなく解放奴隷や元奴隷船船長の話を聴くにとどまる。その話を元に奴隷のおかれた悲惨な状況を具体的に映像化していれば、現代の観客にももう少し理解されたはず。なにより、ウィルバーがなぜ奴隷解放運動に身を投じたのか、そのきっかけになる強烈な体験をもっと描き込んでほしかった。