こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

キラー・インサイド・ミー

otello2011-02-12

キラー・インサイド・ミー THE KILLER INSIDE ME


ポイント ★★★*
監督 マイケル・ウィンターボトム
出演 ケイシー・アフレック/ケイト・ハドソン/ジェシカ・アルバ/ビル・プルマン
ナンバー 34
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


退屈な暮らし、刺激に乏しい毎日。日常のわずかなヒビ割れから滲みだす暴力の衝動。それは一度噴出すると、誰も止められない欲望の塊となって男を暴走させる。人当たりがよく真面目な主人公がふとしたきっかけで、ダークサイドに堕ちていくプロセスがあまりにも自然で恐ろしい。映画は、治安を守る立場の彼が殺人鬼になっていく姿を追い、その心に芽生えた闇の正体を探ろうとする。だが、答えを出す代わりに、“深淵をのぞきこんだときに深淵からのぞかれる”ごとき不気味さを見る者に味あわせる。言葉で解説するのは不可能、その感覚は遍く人間の大脳の奥に封印されているのだ。


小さな町の保安官・ルーは街はずれに住む売春婦・ジョイスを立ち退かせようとするが、逆に彼女に入れ込んでしまう。ある日、ジョイスからエルマーという男のカネを奪って逃げる計画を打ち明けられるが、ルーは2人を殺した上、相撃ちを偽装する。


「愛してる」と言いながらジョイスを殴り続けるルー。しかし激情に駆られているわけではなく、冷静にパンチを叩き込んで彼女の顔面を破壊していく。目に宿っているのは愛と憐れみであって、決して怒りや憎しみ、狂気ではない。一方で、犯行は周到とは言い難く、殺害現場は齟齬だらけで、有能な検事にそれを見抜かれる。ルーはほかにも事件に関わる人々から様々なプレッシャーをかけられるが、焦りや苛立ちを見せず、淡々とやるべきことをこなしていく。もはや感情を失ったかのようなルーの無表情が、善悪の彼我を超越した本性をむき出しにしていた。


◆以下 結末に触れています◆


特に不満もない日々が順調に過ぎてしまいありふれた老人になるのではという嫌悪感と、この平穏もいつかは破たんするのではないかという不安。平凡な人生に何か劇的な波乱をもたらしたい、どうせなら他人から影響を受けるのではなく自分でぶち壊したい。そんな彼の破滅願望がリアルで、思わず共感を覚えた。実際に行動に起こす勇気のない人間の胸に突き刺さる作品だった。