こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

悲しみのミルク

otello2011-02-25

悲しみのミルク


ポイント ★★★
監督 クラウディア・リョサ
出演 マガリ・ソエル/スシ・サンチェス/エフライン・ソリス/マリノ・バリョン
ナンバー 46
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


哀切な旋律に乗せて語られる壮絶な体験。恐怖は母の精神を切り苛み、子宮にいた娘にまで伝染する。夢や希望を抱けなくなり感情を殺した娘は老母の世話に明け暮れている。暴力の時代はとっくに終わった。それでも消えない殺戮とレイプの記憶。彼女自身に起こったのではないが、繰り返し母に聞かされているうちにわが身の出来事のように刷り込まれている。映画はそんな娘の姿を通じ、ペルーの人々が抱える内戦の傷跡といまだに残る先住民と白人の格差をさまざまメタファーで描く。重苦しい映像は、絶望とともに暮らす先住民の心情をリアルに再現していた。


介護していた母が死に、遺体を故郷の村に運ぼうとするファウスタは、運賃を稼ぐためにピアニストの家でメイドとして働き始める。ある日、「人魚の歌」を口ずさんでいると、メロディが気に入ったピアニストにもう一度聴かせてくれと懇願される。


内戦中の反政府軍はおそらく“搾取と貧困からの解放”を謳って先住民の村にやってきたのだろう。その結果が母の悲劇。それを教訓にしたファウスタは富や権力を持つ者や男に対して強烈な警戒心を持ち、女であるピアニストに対してもなかなか胸襟を開かない。だが、彼女の中のわだかまりを即興の詞にして歌い、ピアニストに聞いてもらっているうちに、心の重荷が少しずつ軽くなっていったはず。先住民の苦難の歴史と母の嘗めた辛惨の叫びがピアニストによって芸術に昇華され、多くの人の耳に届くことで、ファウスタは親世代の呪縛から解き放たれたような気持ちになったに違いない。


◆以下 結末に触れています◆


ところが、ファウスタの思いも、ピアニストが約束を反故にして裏切られる。再び喜怒哀楽をなくしたファウスタに彼女の叔父は「なぜ生きようとしない」と苛立ちを露わにする。そこに来て彼女はやっと己の胎内にはびこってきたジャガイモを取り除く。このジャガイモこそが先住民の“期待してはいけない”という諦観の象徴。初めて自分の人生を歩み始めた彼女の笑顔はまぶしいほど輝いていた。