こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ピンク・スバル

otello2011-03-17

ピンク・スバル

ポイント ★★*
監督 小川和也
出演 アクラム・テラウィ/ラナ・ズレイク
ナンバー 63
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


理想の恋人にやっとめぐり合えた時のように胸をときめかせ、その優美さを謳いあげ愛のフレーズを口にする主人公が、新車のスバル・レガシィのシートに身をうずめ喜びに浸る。長い間憧れた末に手に入れた満足感と、この車が運んできてくれるはずの素晴らしい未来に夢を馳せるシーンが微笑ましくも共感を呼ぶ。彼にとってレガシィは人生の集大成であり明るい将来を予感させてくれる魔法の車。トラックの荷台に乗せたレガシィの中でロマンチックな詩人になる姿が印象的だ。映画は、命の次に大切なレガシィを盗まれた男が、それを探す過程で様々な人々と出会っていくうちにパレスチナの庶民の実像を活写していく。


イスラエルパレスチナ人地区に住むズベイルは、妹の結婚式のために新車のレガシィを買う。納車され有頂天になっていたが、翌朝目覚めると車は跡形もなく消えていた。結婚式まであと4日、ズベイルは家族親戚友人知人の助けを借りてレガシィの行方を追う。


紛争地域としてしか報道されないパレスチナを舞台にしているが、ここでは抗議行動をする者など1人もいないし、一発の銃声も聞こえない。ユダヤ系もアラブ系も日本人も、人々はあくまで生活優先で、日々の経済活動を営んでいる。言葉は違っても隣人として暮らし、困った時は助け合う普通の人間同士のお付き合い。異なる宗教・民族が憎しみ合い殺し合うなどというのは、悪意に満ちた扇動者が作り上げたイメージに過ぎないのではないかと思わせるほどだ。まあ、盗難車売買ビジネスが成り立っていて、一般に“仕事”と認知されていることには驚いたが。


◆以下 結末に触れています◆


やがてズベイルたちは闇市にたどり着く。そこに騒動に関わった人々全員集合、レガシィ盗難事件の全貌が明らかになる。だが、解決に至る道筋は日本人の常識とはかなりかけ離れたもの。争い事を極力避け、丸く収めるべく有力者が介入し、当事者同士も妥協点を見つける。盗んだ本人も闇ディーラーもあっさりおとがめなしとなるのは、血みどろの歴史を生き抜いてきた彼らの知恵。平和は努力なしでは保てないのだ。