こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

戦火のナージャ

otello2011-05-04

戦火のナージャ


ポイント ★★*
監督 ニキータ・ミハルコフ
出演 ナージャ・ミハルコフ/オレグ・メンシコフ/セルゲイ・マコヴェツキー/エヴゲーニイ・ミローノフ/ドミートリ・ジュゼフ
ナンバー 105
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


肖像をかたどったケーキに顔を押し付け窒息死させたい。スターリンの時代のソ連人ならば誰もが一度は夢に見たビジョンなのだろう。密告、監視、罠、いつ政治犯にでっち上げられるかわからない恐怖におびえながら暮らし、収容所に送られると過酷な重労働が待っている。確かにドイツの侵略から祖国を守った指導者ではある、だがそれは自国民の安全など顧みない焦土戦と冬将軍でかろうじて勝ちを拾ったもの。映画は、第二次大戦の東部戦線を生き抜いたソ連人父娘の視線で再現する。そこに描かれているのは独ソ戦の悲惨な現実というより、あまりにもくだらない原因で人が死んでいく滑稽さ。その根底にあるのは圧政の上に帝国を築いた独裁者への憎しみだ。


1941年、労働キャンプに収容されていたコトフは独軍の空襲にまぎれて脱走する。一方、コトフの娘・ナージャはコトフを探すために従軍看護婦に志願、病院船に乗船中に独軍機に撃沈されるが何とか陸地にたどりつく。


大勢の民間人がいるにもかかわらず平気で橋を爆破したり敵味方の区別がつかない士官がいるソ連軍、ふざけ半分に病院船を攻撃したりソ連の村人を焼き殺すドイツ軍。それらのシーンで流される大量の血と失われる数多の命は、戦争の狂気を象徴している。その中でコトフもナージャも懸命に生き残ろうとする。コトフは「存在を知られないように」、ナージャは「父探しという神に与えられた使命」に燃えて。勇気や行動力より幸運と諦めない意思が運命を左右する、そんな戦場の論理がリアルだった。


◆以下 結末に触れています◆


濃い霧の中、塹壕を掘るコトフ配下の懲罰部隊とエリート士官の合同軍はドイツ戦車部隊と遭遇する。視界はほとんどゼロ、その中で発砲音と火花は知覚できるが、戦車に踏みつぶされた兵士たちは無残な肉塊となっていく。他方、モスクワ近郊ではナージャが瀕死の兵士の最期の願いをきいてやる。もはや彼らにとって生きていることは悪夢にしか思えなかったに違いない。父娘ふたり水辺で遊んだ美しい記憶だけが、彼らにとってただ一つの真実なのだ。