こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

おじいさんと草原の小学校

otello2011-05-18

おじいさんと草原の小学校 THE FIRST GRADER

ポイント ★★★*
監督 ジャスティン・チャドウィック
出演 ナオミ・ハリス/オリヴァー・リトンド/トニー・キゴロギ
ナンバー 117
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


文字を習う、それは失った過去と対峙し、清算し、そして前に向かって歩き始めること。その思いは高齢になっても衰えない。長身の老人がabcも知らない子供たちと共に教室で学ぶ様子は一見微笑ましい。しかし、胸の奥に抱える悲劇がフラッシュバックしたとき、彼の心と体は凍りついてしまう。21世紀になって教育が無償化されたケニア、物語は、少年時代は人種差別で学校に行けず、成人後は独立運動に身を投じた男が、もう一度、今度こそ自分の人生を取り戻そうとする姿を追う。何度断られても意思を曲げない、そんな主人公の態度にはかつての戦士の面影が感じられる。


84歳になるマルゲは小学校で学習しようとするが門前払いされる。それでもめげずに校長のジェーンに直談判し、入学を認められる。だが初めて鉛筆を持った喜びもつかの間、彼の脳裏に忌まわしい光景がよみがえる。


マルゲは50年以上前のケニア独立運動にかかわった闘士で、旧宗主国の英国官憲に捕えられ、拷問された経験もある。映画は、マルゲの通学が原因で起こる波紋に彼の記憶を挟みこ込んで、権力に対する彼の闘争はまだ終わっていない事実を印象付ける。マルゲをに授業を受けさせるために上層部とかけあうジェーンもまた孤独な戦いを強いられるが、マルゲに教えられた“勇気”で困難に立ち向かう。マルゲが教わるのは妻子の命さえ奪った憎き英国人の言葉。英語を征服することで彼は過酷な運命に復讐しようとしたのだろうか。


◆以下 結末に触れています◆


やがて、米英のマスコミに取り上げられるまでになったマルゲのせいでジェーンは反対派からにらまれるようになり、嫌がらせをされた上に左遷される。それを知ったマルゲは単身教育省に乗り込んで、ジェーンの復職を直訴する。ここにきて、マルゲの闘いは己の名誉回復から、「ジェーンの身分」=「子供たちの未来」を守ることに変化する。あれほど自ら読みたがっていた大統領府から手紙をジェーンの同僚に朗読させたのは、もはやマルゲの目がケニアという国の将来に向けられた証拠。さまざまな恩讐を乗り越えた者だけが辿りつける境地に達したマルゲの瞳は力強さに満ち溢れていた。