こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

Peace

otello2011-06-09

Peace


ポイント ★★★
監督 想田和弘
出演
ナンバー 131
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


身体障害者、高齢者といった自分の足では遠くまで歩けない人々の家を訪問し、タクシー代わりに送迎する軽ワゴン車。その運転手を務める男もまた定年退職した年金生活者。介護ヘルパーの派遣業を営む妻と共に、ほぼボランティアの感覚でカネもうけを度外視して精を出している。映画は介護の現場で日々汗を流す主人公の日常に密着し、日本という国が抱える高齢者福祉の問題点を浮き彫りにする。本来、国家がやるべき事業を予算削減の名の下で民間に移管した結果、末端の人々の犠牲によってでしか成り立たなくなった事実を直視する一方、それでもカネには換えられないものがあると語る運転手の言葉が印象的だ。


荷台を改造した“有償運送車両”のハンドルを握る柏木は、知的障害者を公園で散歩させ、独居老人の買い物に付き合う。いちばんの得意先は91歳になる橋本。彼は末期の肺がんを患いながらもタバコをやめず、ダニやネズミが発生する家でひとり暮らしている。


庭に集まる猫に餌をやるのが柏木の日課。その中にいる右前脚がつぶれた三毛猫を柏木は動物病院に連れて行って治療してやる。さらに、はぐれ猫にも餌をやり、他の猫に仲間だと認めさせる。人間だけではない、猫にまで向けられる柏木の優しい視線は、生き物に対する慈愛に満ちている。そこには演出も演技もなくただ彼を見つめているカメラがあるのみ。柏木の装飾されていない思いがストレートに伝わってくる。


◆以下 結末に触れています◆


橋本は柏木の妻に戦争の記憶を口にする。一銭五厘の値打ちしかないといわれた兵隊の悲哀、死んでいくのを誇りに思っていた友人たち、生き残ったことに対する後ろめたさなど。橋本は病院に行くたびに早く死にたいとこぼすが、彼にはもはや生への執着はなく死への恐れもない。偶然なのか、演説中の鳩山元総理が福祉の充実を訴える演説をしている横を、橋本を乗せた柏木のクルマが通る。誰もが幸福な人生を送る権利を持つ理想を叫ぶ政治家のスピーチを尻目に、老人が老人の面倒をみている皮肉。介護する側もされる側もあまり幸せそうに見えない現実の前に鳩山の声は空疎に響くばかりだった。。。