思秋期 TYRANNOSAUR
監督 パディ・コンシダイン
出演 ピーター・ミュラン/オリヴィア・コールマン/エディ・マーサン
ナンバー 222
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
寂しさを紛らせるために酒に溺れ、弱さを隠すために暴れ、小さなプライドを満たすために悪態をつく、いつも不機嫌な50男。もはや世間から必要とされず家族もいない、己のダメさが分かっているのにどうしようもない、だが新たな一歩を踏み出す気概もない主人公の閉塞感がリアルに再現される。映画は、彼が傷ついた女と出会って徐々に自尊心に目覚める姿を描く。虚勢を張っていてもトラブルを抱え込む勇気はない、それでも手を貸してあげたい。荒れ果ていた心が、人と人は支えあって生きていくものだと学び、次第に優しさを取り戻していく過程が胸に沁みる。
失業中の飲んだくれ・ジョセフは、バーで喧嘩してチャリティーショップに逃げ込んだのがきっかけで、店主のハンナと言葉を交わすようになる。裕福な地区に暮らすハンナは、夫のDVに苦しんでいた。
ハンナに苛むような辛言を浴びせていたジョセフは、彼女の事情を知るにつれ興味を引かれる。ハンナもまた気遣ってくれるジョセフに胸襟を開いていく。不器用な者同士が、お互いの気持ちを少しずつだが通わせていく描写が感情的にならずに淡々としていて、そのさりげなさが、まだふたりの日常の裏には何か大きな「他人に言えない秘密」があるのではと予感させる。やがて愛犬を蹴殺すほど荒んでいたジョセフから険が取れていくのとは逆に、ハンナの顔にはアザと陰りが増えていく。沈んだトーンの映像は、彼らのふとした仕種や表情から目が離せないほどの緊張感を生んでいた。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
夫の暴力に耐えきれなくなったハンナは家出、ジョセフのところに転がり込んでくる。その時もジョセフは面倒を見るのは一晩だけと彼女を突き放し、決して責任を負おうとはしない。そしてハンナが犯した真実を知って、初めてなすべきことをする。ハンナを救うのではなく、彼女と同じ状況に自らを追い込むのだ。それはジョセフにとって精いっぱいの思いやり。もう絶望しなくてもいい、ふたり寄り添えば希望が見えてくる、そんな温かさがいつまでも余韻を残す作品だった。
オススメ度 ★★★★