こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

チキンとプラム あるバイオリン弾き、最後の夢

otello2012-09-22

チキンとプラム あるバイオリン弾き、最後の夢
POULET AUX PRUNES

監督 マルジャン・サトラピ/ヴァンサン・パロノー
出演 マチュー・アマルリック/マリア・デ・メディロス/イザベラ・ロッセリーニ/キアラ・マストロヤンニ
ナンバー 233
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

立体絵本風の味わいのある山々や街並みが、ファンタジーの世界にいざなってくれる。でもそれはハッピーエンドが約束されたおとぎ話ではなく、皮肉と苦悩に満ちたつらく哀しい思い出。今まで何のために生きてきたのか、何をなしてきたのか、誰を愛し誰に愛されてきたのか。その答えが虚しいものと知った時、男は命を絶とうとする。映画は死に迎えられるまでの8日間に、主人公の脳裏によぎる昔日の日々を再現する。望まなかった結婚、愛せなかった妻、音楽家としての修業の日々とアートの真髄に目覚めた出来事。人生とはかくも短く、たった一つの願いすら叶えられない切なさが胸に染みる。

著名なバイオリン奏者・ナセルは愛用のバイオリンを壊されたのをきっかけに、自殺を決意。自室にこもって静かに最期の瞬間を待つうちに、思い通りにならなかった過去を反芻する。

魔法使いが描いたようなエキゾチックな1958年のテヘランの街頭が、懐かしくあたたかくミステリアスな素晴らしい雰囲気。さらに山奥の村の骨董屋、怪しげなバイオリンの師匠といった胡散臭げなキャラクターも魅力的。そんな物語背景のもと、ナセルは妻に理解されず子供たちにもバカにされ、唯一の味方である弟もつれない態度で遠ざける。しかし、夢の中で明らかになる真実は彼の思い込みとは正反対。実は家族はナセルに心を砕いていたのに、ナセルが気づかなかっただけという不幸が芸術家の孤独を象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

そして、ナセルの音楽に決定的な芸術性を残したイラーヌとの失恋。彼女への絶ち切れぬ思慕がナセルを一流の演奏家にしたが、引き裂かれた思いは時を経ても強くなるばかり。一方、イラーヌはナセルを記憶の彼方に封印することで悲しみ耐えてきたのだろう。街角で突然声をかけられ咄嗟に知らぬふりをしたのは、忘れたはずの愛が再び燃え上がるのを恐れたからに違いない。繊細な感情と運命の些細なイタズラ、ユニークだが哀切にあふれた豊饒な映像は、新鮮な驚きの連続だった。

オススメ度 ★★★★

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