こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

菖蒲

otello2012-09-28

菖蒲 TATARAK

監督 アンジェイ・ワイダ
出演 クリスティナ・ヤンダ/パベル・シャイダ/ヤン・エングレルト
ナンバー 237
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

映画という虚構も、日常という現実も、女優にとってそのふたつの人生は“死”という共通項で密接に結びついている。自分にレンズを向けてきた長年寄り添った者の死、新作映画の中での愛する者たちの死。いつしか彼女にとって、それらは重圧となって追いかけてくる。物語は円熟の境地に達した大女優が、夫の死に直面した時に去来した思いを語るとともに、自らの主演映画で重篤な病に侵されながらも新しい恋に胸をときめかせる役を演じる姿を描く。カメラはさらに彼女の二態を記録する第三の視点となり、作品は複雑な三層構造をなす。

ベテラン女優・クリスティナはカメラマンだった夫の死から立ち直れず、新作へのオファーを一度は断るが後に承諾する。撮影に入った映画「菖蒲」は、大戦後のポーランドを舞台にした人間の生と死を見つめるストーリーだった。

「菖蒲」の劇中でクリスティナ扮するマルタは、医師の夫から先は長くないと診断されるが本人はそれを知らされない。ある日、マルタはダンス場で見つけた若者・ボグシに惹かれ、恋心を抱いていく。息子ほどの年齢のボグシから川に誘われるといそいそと水着に着替えて出かけるマルタ。そんな彼女が、橋の上を歩くボグシと若い女を見かけて我に返る場面が、年齢を重ねることの哀しさをリアルに再現していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

だが、ボグシが水中で溺れるシーンの撮影でクリスティナは突然感情を抑えきれなくなり、撮影を放りだして現場を後にする。映画の中の出来事とわかっているのに、プロの女優としては失格と分かっているのに、これ以上の喪失感には耐えられない。長いキャリアの中で架空・実在を問わず多くの他人の人格を疑似体験してきたクリスティナにとって、もはや死とは遠い未来の話ではなく、身近に迫った問題となっているのだろう。彼女の切実さは、ひいては老境に達したアンジェイ・ワイダ監督の死を受け入れるための準備にも思えてくるのだ。

オススメ度 ★★*

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