こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

舟を編む

otello2013-01-28

舟を編む

監督 石井裕也
出演 松田龍平/宮崎あおい/オダギリジョー/黒木華
ナンバー 21
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

書物の山に埋もれている、単語の海で溺れている。しかしそれは主人公が自ら選んだ道。常に感覚を研ぎ澄ませ、耳慣れぬ語句に出会うとカードに書きとめ注釈を入れる。言葉に対する好奇心と意味用例に対する探究心は、いつしかマジメで不器用な彼を完璧を目指す編集者に変えていく。物語は何事も辞書に答えを求めていた男が、恋という難題に苦悶し、辞書編纂という大事業の中で成長していく姿を追う。大量の採集カード、積み上げられたゲラの束、そしてあらゆる種類の辞典。カビ臭く埃っぽい「紙」の匂いが漂ってくるような映像は、辞書に魂を捧げた人々の情熱と仕事に没頭できる喜びに満ちていた。

辞書編集部に異動になった馬締は新しい国語辞典「大渡海」作りを命じられる。若者言葉など新語を採用する監修者・松本教授の方針の元、さっそく作業に取り掛かる。ある日、下宿先に香具矢と名乗る美女が現れ、馬締は一目ぼれしてしまう。

日々膨大な文字や書類とにらめっこして何度もチェックし訂正を加えていく。気の遠くなる地味な工程の連続は、当然“熱いノリ”とは無縁。映画はあえて「頑張ってます」感を消し、頑張るのが当たり前で結果だけを求められるプロの厳しさを描きこむ。一方で香具矢への思いを伝える際の馬締の的外れな一生懸命さを強調して笑いを取る。それらのバランスが絶妙で、端正な語り口の中に粋を感じさせる演出は決して饒舌ではないが、芒洋とした容貌の中に繊細な感情を秘めた馬締をはじめ、個性的なキャラクターの面々を効果的に浮かび上がらせることに成功している。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて15年の月日が流れ、「大渡海」はいよいよ最終段階を迎える。24万にも及ぶ単語熟語慣用句と対峙し、吟味し、最良の解釈を与えてきた馬締は松本教授同様、もはや言葉の魔力に魅せられた者の目になっている。その、ひとつの「生き方」を妥協せず貫き通す美しさを、頼りなさそうだが芯の通った松田龍平の背中が見事に表現していた。言葉とは、働くとは、いや人生とは、すべて人間の真実に迫る道程であるとこの作品は教えてくれる。

オススメ度 ★★★★*

↓公式サイト↓