こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ハンナ・アーレント

otello2013-11-29

ハンナ・アーレント Hannah Arendt

監督 マルガレーテ・フォン・トロッタ
出演 バルバラ・スコバ/アクセル・ミルベルク/ジャネット・マクティア/ユリア・イェンチ/ウルリッヒ・ノエテン
ナンバー 287
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

命令に従っただけの凡庸な官吏。数百万人ものユダヤ人を収容所に追いやった責任者は、残忍な殺人者でも死を弄ぶ悪魔でもなく、保身に汲々としたいかにも小役人といった風貌の男だった。物語は元ナチス戦犯の裁判を通じて、“根源的な悪”と普通の人間が陥るかもしれない“モラルの崩壊”の違いを探る哲学者の奮闘を描く。組織の中の歯車として精勤し、人間の命を統計上の数字としかとらえられなくなる恐ろしさ、それは誰にでも起こりうると喝破したヒロインへの逆風と苦悩。耳をふさぎたくなる真実。あくまで冷静に事実を見つめる彼女の姿が人間の良心を象徴していた。

NYのユダヤ系哲学者・ハンナはアイヒマン裁判のレポートを書くためにエルサレムに飛び傍聴する。彼女は、アイヒマンが醜悪な怪物ではなく、実務に長けた事務職員なのに驚き、彼の人となりを雑誌に公表する。

ハンナの記事はアイヒマン擁護と誤解され、米国のユダヤ人社会から猛反発を食う。さらにユダヤ人の中にもナチに協力しホロコーストに手を貸した者がいるくだりがハンナへの怒りを掻き立て、ナチス支持者だったハイデガーとの交際にまで思いは及ぶ。この、収容所から抜け出したユダヤ人でありながらナチスにも近かった立場が、彼女に奇妙な平衡感覚を植え付けたのだろう。アイヒマンの証言を正面から受け止め、なぜ彼が葛藤を捨てユダヤ人の運命に無関心でいられたかを解き明かしていく。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

粒子の粗いフィルムとモノクロ映像がまるで1960年代の映画のような雰囲気を漂わせ、登場人物のファッションやたばこを離さない知識人などの風俗までも忠実に再現する。その、ナチスに対する憎悪が染み付いた時代の空気に覆われる中、人が人であり続けるためにはムードに流されず考え抜くことが肝要であるとハンナは説く。そして理性で感情をコントロールしてこそ、文明人と言えるのではないかと問いかける。彼女の言葉は、20世紀という戦争の世紀を経て、貧富の格差、宗教や民族の対立止まぬ21世紀の我々にも直接あてはまる、いわば未来への伝言なのだ。

オススメ度 ★★★

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