こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ドストエフスキーと愛に生きる 

otello2014-01-30

ドストエフスキーと愛に生きる DIE FRAU MIT DEN 5 ELEFANTEN

監督 ヴァディム・イェンドレイコ
出演 スヴェトラーナ・ガイヤー/アンナ・ゲッテ/ハンナ・ハーゲン/ユルゲン・クロット
ナンバー 18
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

故郷を忘れたことはない、それは懐かしい思い出よりも忌まわしい記憶として胸に刻み込まれているから。そして敵国に助けられた事実が、生き残るためにとはいえ裏切り者の負い目を植え付ける。映画はロシア文学ドイツ語翻訳家の、波瀾の生涯を追う。原文を読み込み、咀嚼し、適切な訳語をみつけて文章を再構築していく。一字一句にこだわり推敲を繰り返すのは年老いた彼女にはまさしく命を削る作業。一方で洗濯やアイロンがけ、料理といった家事にも手を抜かない。カメラはそんな平穏な日常から65年ぶりの帰郷に密着し、祖国というアイデンティティを失った数奇な半生をあぶりだす。

トルストイ作品のドイツ語訳者・スヴェトラーナは、タイピストや編集者と書斎にこもり、80歳を超えてもいまだ改稿を続ける日々。晩年を迎え、少女時代に親しんだ“コウノトリの泉”の水を飲みたいと、生まれ育った故国・ウクライナに向かう。

何もかも変わってしまったのは仕方がない。泉を知る者はおらず、父と過ごした別荘も消えている。彼女の心の中にあるふるさとの風景には、父が粛清されたスターリンの圧政下であっても、ユダヤ人の友人が虐殺されたドイツ占領下であっても、人情を育み他人とのかかわりも少しはあった。だが、現在の住人達ははるかドイツから訪ねてきた老婆に対し、彼女がこの地を捨てドイツに行った過去など知らないはずなのに、どこかよそよそしい。その態度には少しショックだったが、彼女は自分の選択は間違っていなかったと信じたかったのだろう。地元の学生たちにスヴェトラーナは言う、「内なる声に従え」と。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

スヴェトラーナは「罪と罰」を「罪と贖罪」と呼ぶ。ドイツ軍に協力した結果、教育を受けられた上ドイツでの暮らしを保障された己の幸運を「罪」と彼女は感じている。ゆえに、人間の暗部を鋭く切り取るドストエフスキーを翻訳し続けたのは、彼女なりの「贖罪」。それでも、人生を捧げられる仕事に巡り合えた彼女は幸せだったに違いない。

オススメ度 ★★*

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