リアリティのダンス LA DANZA DE LA REALIDAD
監督 アレハンドロ・ホドロフスキー
出演 ブロンティス・ホドロフスキー/パメラ・フローレス/クリストバル・ホドロフスキー/アダン・ホドロフスキー
ナンバー 88
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
胸に浮かんだ思いはすべてリリカルなメロディに乗せて歌う母、息子に忍耐力をつけさせるために麻酔なしで歯の治療を受けさせる父。そんな両親を持つ少年は、“コミュニストのユダヤ人の子”と差別されても、障碍者に優しく接し貧しい友人には靴を譲ったりする。物語は国民が不況と独裁に息苦しさを覚えながら暮らしていた1930年ころのチリ、ある家族が激動の時代を生き抜く姿を描く。ユーモアにあふれた奇想、括目すべき独創、あらゆるシーンに込められたメタファーと寓意に富んだヴィジュアルが感性を刺激してやまず、不可思議な映像はいつしか愛の奇跡に昇華されていく。CGもVFXもないが、まったくユニークな映画体験に、常識や価値観、理性や感情までもが奇妙にゆがめられる。だがそれは心地よい麻薬のように見る者を中毒にしていく。
商店を営むハイメは息子のアレハンドロを一人前の男に鍛えようと的外れな特訓を課す。学校でもいじめられているアレハンドロだったが、母・サラの愛情に支えられて多感な少年に育っていた。ある日、ハイメはイバニェス大統領暗殺の旅に出る。
手足が欠損した人々をゴミでも扱うかのごとく蹴散らすハイメ。一方で隔離患者に水を与えるが逆に散々な仕打ちに逢ったりする。家庭内では暴君で妻子に理不尽な命令を平気で下すなどハイメの行動は支離滅裂な思い付きがほとんど。それでもサラは夫を慈しみ、アレハンドロもどこかで父権に敬意を抱いている。もはやこの一家を頭で理解するのは不可能、観客に許されるのはかろうじてアレハンドロの目を通してシュールな世界を体感し、不条理と不道徳に身を委ねることだけだ。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
暗殺の大役をアナーキストに譲ったハイメは、ひょんな弾みでイバニェス大統領に気に入られ、彼の馬番になる。そこでも運命の歯車は狂いっぱなしで、どこに転がっていくか見当もつかない。政治的なメッセージのみならず、宗教や社会問題も盛り込んだホドロフスキー監督の豊穣なイマジネーションは驚くほど多彩な顔を見せ、表現主義にとどまらない総合芸術としての映画の可能性を大いに広げた作品だった。
オススメ度 ★★★★*