青天の霹靂
監督 劇団ひとり
出演 大泉洋/柴咲コウ/劇団ひとり/笹野高史/風間杜夫
ナンバー 121
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
根拠なく自信に満ちていた日々は遠い昔、今では自分が特別と思わなくなった。それどころか普通の暮らしにさえ手が届かず、生きているのに嫌気がさしている。そして、すべてふしだらな母とだらしない父に原因を帰している。そんな売れないマジシャンが、ふとしたきっかけで40年前にタイムスリップし、若き頃の両親と出会う。母は父から教えられていたのとは正反対の愛情豊かな女、父も記憶の中の男と少し違う。知らなかった母の願い、聞かされなかった父の思い、主人公は彼らの口から直接耳にすることで人生の意義を見出していく。古臭いけど懐かしい、浅草の賑わいが時代を感じさせる。
生き別れた父・正太郎死亡の通知を受けた晴夫は、遺品の整理中に落雷をうけ、生まれる前年にタイムスリップする。後に母となる悦子を助手に演芸場でスプーン曲げを実演すると大ウケ、たちまち評判を呼ぶ。
その後手品師だった正太郎とコンビを組み次々と当時はなかったネタを披露し、人気は急上昇、晴夫は俄然やる気を見せ始める。その過程で、わが子を産み捨てて男と消えたと信じていた悦子が、おなかの子が生まれてくるのをとても楽しみにしている光景を見る。さらに、甲斐性無しのダメおやじの印象しかなかった正太郎が、妻子のために夢をあきらめていたという事実。晴夫は、己がせっかく両親からもらった命を完全燃焼させず、逃げてばかりだったと気づく。このあたり繊細な感情が落ち着いたカメラワークの中で再現される一方で、ステージ上での晴夫と正太郎の掛け合いは小気味よく、映像の静と動がバランスよく配置された物語はテンポよく展開する。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
やがて悦子は臨月を迎えるが、出産は危険と警告される。それを言い出せず悦子を分娩室に見送る正太郎、本当は泣きたいほど悲しいのに、愚痴のひとつもこぼしたいのに、人目のあるところでは強がっている。最後まで人を食った正太郎を劇団ひとりが飄々と好演じていた。
オススメ度 ★★★