こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

TATSUMI マンガに革命を起こした男

otello2014-09-26

TATSUMI マンガに革命を起こした男

監督 エリック・クー
出演 別所哲也/辰巳ヨシヒロ
ナンバー 218
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

暗黒面を覗き込むような筆致と皮肉に満ちた展開で人生の悲哀を浮き彫りにする。それらはもはや子供向けの“漫画”ではなく、大人の鑑賞に耐えうる“劇画”として広く認知されていく。生きるために何をしてきたか、何をすべきだったかを問う、後悔と絶望が通奏低音の彼の作品は、時を超えてなお、人の心に巣食う“業”をえぐり取る鋭さを失わない。映画は、マンガを通して人間の本質を突き詰めてきた一人の男の半生を追う。占領下の荒廃から抜け出し、創作意欲を糧にペンを走らせ、挫折と再生を繰り返しながらも描き続けてきたマンガ家。彼の自伝的エピソードに、代表的な短編を織り込んだ構成は、その人となりを理解するうえで非常に効果的だ。

マンガの道に進む決意を固めた辰巳は新聞の取材を機に手塚治虫の薫陶を受ける。稼ぎの悪い父と病弱な兄を抱える家計は母一人に負担を強い、懸賞金目当てに投稿する辰巳はやがて念願のプロデビューを果たす。

崩れた家の壁に焼き付けられた親孝行の影。焦土の中で見つけたわずかな希望の“本当の姿”を暴く「地獄」は、真実は原爆以上のおぞましさを内包すると告発するオチに身がすくむ思いがした。また、占領軍を相手にする女とその父親の葛藤に切り込む「グッド・バイ」は、魂の堕落以上にそうする以外に選択肢のない人々の諦観が、21世紀の貧困問題にも通じている。それでも生にしがみつく登場人物たちは、弱さと狡さ、それ以上に強烈なしたたかさを感じさせる。生きていくだけで勇気と覚悟が必要な時代だったことがリアルに再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その他3篇も、主人公となるのは市井の小市民。高度成長に沸く世間とは一線を画し、日々の暮らしにうんざりしながらも何か新しい体験を求めている。だが、凡人にとって冒険は禁断の果実、待っているのはそれを手にしても結局は失うモノのほうが多いというシニカルな結末。ハードボイルドでもサクセスストーリーでもない、己の内面を深く掘り下げる辰巳の作風から得られる共感は、低成長や格差が顕在化した現代でこそより切実だ。

オススメ度 ★★★*

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