雪の轍 Kis Uykusu
監督 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
出演 ハルク・ビルギナー/メリサ・ソゼン/デメット・アクバァ/アイベルク・ペクジャン/セルハット・クルッチ
ナンバー 100
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
確かに精いっぱいの努力はしてこなかった。父の遺産の上に胡坐をかき、面倒事は使用人に任せてきた。自分が立派な人間でないのは分かっている、それでも、他人には迷惑をかけていないはずたし、離婚して家に戻ってきた妹にも年若い妻にも物質的な不自由はさせていない。にもかかわらず周囲の人々は辛らつな言葉を浴びせてくる。物語は、苦労知らずに年老いた男が、ふとしたきっかけで生き方を否定され、苦悩し彷徨する姿を描く。多分、主人公の言い分は正論。ところが、彼のような人物の口から発せられることに、言われた方は感情を害する。気付かなかった真実、思い知らされた現実、人里離れた不毛の地、雪に閉ざされた冬は胸にたまった不満の澱を爆発させる。果てしなく続くかと思われる批判は見る者の心に突き刺さり、自問を促す。“お前もまた偽善者ではないのか”と。
岩盤をくりぬいたホテルを経営するアイドゥンは、クルマで移動中に不払い家賃でトラブルを起こした男の息子から石を投げつけられる。事件を機に、アイドゥンの日常は歯車が狂い始める。
役者志望だったアイドゥンは地元紙にコラムを連載し、わずかながらファンもいる。時間の許す限り「トルコ演劇史」の執筆にも余念がない。カネ儲けだけをしているのではない、その“文化人”としての顔は彼にとってささやかなプライドだ。だが妹のネジラは、人生を上っ面でしか生きていないアイドゥンを夜ごと罵り、彼をげんなりさせる。さらに、妻・ニハルの慈善活動に口をはさむと、彼女から予想外の逆襲を受ける。そのあたり、女心の扱い方が下手な上、独善的な自身を客観的に見られないアイドゥンの戸惑い途方に暮れる肩がむしろ滑稽だ。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
200分近い長大な会話劇がひとつひとつほじくり出す、閉鎖的社会における対人関係の距離感の取り方の難しさ。家族でさえ信じられないからこそ善良な人間を演じてきたアイドゥンの孤独が、鋭くとがったカッパドキアの奇岩のごとく佇立していた。
オススメ度 ★★★