この国の空
監督 荒井晴彦
出演 二階堂ふみ/長谷川博己/富田靖子/利重剛/石橋蓮司/奥田瑛二/工藤夕貴
ナンバー 189
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
恋愛の対象となる同世代の男は周囲にはいない、ところが心身の「女」は確実に目覚めうずいている。ある日、妻子が疎開した隣人と言葉を交わす。男もまた彼女が発散する瑞々しくも艶めかしい生気に抗いがたい魅力を感じている。大東亜戦争末期、物語はうら若きヒロインが中年男との道ならぬ恋に落ちる姿を描く。爆撃機も素通りしていく郊外の小さな町、物資は不足しがちだが危機感は薄く、食料の心配と空襲警報がなければ“戦時中”のイメージからは距離を置いた生活をしている。その余裕が、本能に忠実に生きようとする彼らの背中を後押しする。そんな人間の本質が、古いフィルム風の質感を持つ映像に焼き付けられていた。今や誰も話さなくなった日本語の“女ことば”が美しい余韻を残す。
母娘2人女世帯の里子は隣家の銀行員・市毛と親しくなる。ひとり暮らしの彼の世話を焼くうちに、里子も市毛もお互い男と女の部分を意識する。その後、被災した里子の叔母が転がり込んでくる。
都心で働く市毛は空襲を受けた人々の死体を数えきれないほど目にし、自身も招集されるかもしれない。「死」が非常に身近なところにあり、不安に脅えている。一方里子たち女3人は命の切迫感がなく、日常の維持に腐心している。母はむしろ里子の心中を見抜き、市毛との駆け引きを教えたりする。年齢的には母のほうが市毛にふさわしい、彼女もまた未亡人として熟れた肉体を持て余しており、本当は自分が市毛に抱かれたかったに違いない。におい立つような脇毛が抑えてきた母の欲望を象徴していた。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
くちづけを迫る市毛、後ずさりする里子。神社の境内でふたりが愛を打ち明けるシーンは、男女の微妙な心理が交錯する。そして迎えた初めての夜、里子から市毛に身を委ねる。そこにあるのは儚さや切なさではなく、女の打算と男の計算。「私の戦争がこれから始まる」という里子の思いが女の深い情念を雄弁に語っていた。ただ、もう少しテンポ良く展開させれば引き締まった印象になったはずだ。
オススメ度 ★★*