こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

過ぐる日のやまねこ

otello2015-08-26

過ぐる日のやまねこ

監督 鶴岡慧子
出演 木下美咲/泉澤祐希/植木祥平/中川真桜/田中要次
ナンバー 194
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています

突然何もかも投げ出して故郷に戻ってきた彼女。目的があるわけでもなく、縁者知人もいない。それでも、住んでいた家をもう一度見てみようと思いつく。兄同様に慕っていた人を亡くした少年は、その事実が受け入れられずに彼との会話を反芻している。そんな男女が出会ったとき、ふたりはお互いが心の欠片を埋める存在であると直感する。濃厚な“死”の気配、だがそれは懐かしい香りが漂うあたたかい思い出。物語は、喪失感から立ち直れない高校生と子供の頃に父を亡くした若い女が交流するうちに、過去に囚われて立ち止まるのではなく、未来に向けて踏み出す大切さを学ぶ過程を描く。「忘れることを怖がったらダメだ」という言葉は、死者よりも生きている者を優先してこそ希望は生まれると訴える。

飲食店をクビになった時子は当てもなく長距離バスに乗り、8歳まで暮らしていた山奥の村にたどり着く。彼女を覚えている者はすでにおらず、廃屋となった家に帰ると、学校をさぼった陽平が無断でアトリエ代わりに使っていた。

この廃屋は、時子にとっては事故死した父と一緒に過ごした家であり、陽平にとっても親しかった人と楽しい時間を共有した秘密の場所。ふたりの決定的な記憶が宿っている。陽平が時子に服や食べ物を与えるうちになんとなく打ち解けあうと、彼らは森から聞こえてくる声に耳を澄ますように神社の境内に佇み、狭い沢で戯れる。本来生命の息吹を感じさせるべき緑の濃さが、ここでは異界への入り口のごとき神秘性を帯びている。一旦足を踏み入れてしまったふたりは、その奥を覗こうとする。恐怖や不安とは違う、しっとりと落ち着いた映像からは、どこか気持ちを落ち着かせる死の誘惑が濃密に漂っていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて陽平の異変に気付いた彼の父が廃屋に火をつけ、ふたりは現実に引き戻される。人生は続く、そして命は何よりも尊い、少しだけ“生”に前向きになった時子と陽平の表情が印象的だった。

オススメ度 ★★*

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