こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

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歌麿のような女の色香は出せない。写楽みたいに役者の特徴をデフォルメする発想もない。何を描いても器用貧乏な男が、胸の奥からほとばしる情熱のままに描いたのは荒々しく波濤を立てる海。物語は、江戸時代後期、後世に名を遺した絵師の半生に迫る。人の言いなりになって描くのは嫌だった。自分の作品に手を入れようとする者は許さない。才能がありながらも食うや食わずの日々を送る主人公は、大版元に見出された後、苦悩の末自らの手法を体得、独特のタッチの富士山は強烈な印象を残す。風紀を守ろうとする幕府から目の敵にされるのは一流の証である。そんなせりふを吐いて、庶民のささやかな娯楽を奪おうとする役人に対し面従腹背を貫く版元を演じる阿部寛が、本屋の意地を誇り高く表現する。

腕はいいが覚悟が足りない春朗は、版元の蔦屋に連れられ歌麿に会うが鼻を折られる。写楽の大胆さにも嫉妬し、修行の旅に出る。神奈川の海岸で風景画こそ我が道と定め大波の絵を完成、北斎と名乗り始める。

寄せては返す波の彼方に不動の富士山が見えている。頭に浮かんだ着想を砂浜に再現するシーンは、まさに芸術の神が下りてきた瞬間。蔦屋の目に適った北斎は挿絵画家としても成功を収める。そして出会った戯作者の種彦。自由などという概念がなかった時代、それでも毎日の暮らしの中で楽しみを求める町人の気持ちを抑えきるのは不可能。北斎と種彦は戯作を通じて公儀に抵抗を繰り返す。柳楽優弥扮する若き日のギラギラした北斎より、田中泯扮する目つきに凄みを増した70歳の北斎が圧倒的な存在感を示していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

卒中に倒れた北斎は種彦本の挿絵を断念、だがそこから冨嶽三十六景の制作を始める。老境に達してもなお意気軒高、90歳まで生きた長寿の秘訣は、今の己に満足せず常に向上心と創作意欲を持ち続けることだとこの作品は訴える。細い筆で丁寧に線を引いて下絵を描き、繊細な線に沿って版木を彫り、絵の具を塗って紙を押し付ける。多色刷り浮世絵の製作・印刷工程が興味深かった。

監督  橋本一
出演  柳楽優弥/田中泯/玉木宏/瀧本美織/津田寛治/青木崇高/永山瑛太/阿部寛
ナンバー  37
オススメ度  ★★★★


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