電気は通っている。ガスもまだ使える。PCやスマホもネットに接続できる。でも水道は壊れていて、水はタンクにためなければならない。崩れかけたビル、放置された瓦礫、市街地なのに銃声と爆発音がすぐ近くから聞こえてくる。物語は、内戦中のシリア、集合住宅の一室で息をひそめて暮らす家族の1日を描く。一家の長は不在、主婦が取り仕切っている。義父・子供たち・避難してきた隣人・メイド、その命と安全は彼女の双肩にかかっている。スナイパーに狙われるため窓際には近づけない。ドアには二重の閂が掛けられている。だが、家人に危機感は薄く非常時の緊張感に乏しい。そんな中で、彼女は守るべきものとあきらめるものの優先順位を決めなければならない。カメラはヒロインの葛藤に寄り添い、民間人が巻き込まれた戦争のリアルに迫る。
交戦が続くダマスカス、オームは朝から家庭内の雑事に追われている。彼女のアパートに間借りしていた男が表に出たところを狙撃されるが、オームは救出に向かわず妻のハリマには秘密にする。
ハリマは赤ちゃんを抱えながらも国外脱出の機をうかがい、夫の帰りを待っている。彼女の気持ちを知っているからこそオームは夫の被弾を隠し、新たな犠牲者が出ないよう気を配っている。一方で、事件が起きても、家族の食事を用意し、トイレの順番を調整するなど、人間が生きていくうえで不可欠なルーティンをこなしていくオーム。その間、子供たちは勝手に振舞い、メイドはうろたえ、義父はタバコを吸うだけ。ハリマはこの状況を何とか打開しようとするが、時は徒に過ぎていく。戦争中といえども、何も起きない時間の方が圧倒的に長い。その間いかに油断せずに過ごすか、その難しさがオームの表情に浮き彫りにされていた。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
盗賊が侵入してハリマがレイプされても、唯一の成人男性である義父は助ける素振りすら見せず、苦悩を額ににじませ紫煙を燻らせるばかり。この男の無為無策が、長引くシリア内戦に有効な和平案を見いだせない国連の現状を象徴していた。
監督 フィリップ・ヴァン・レウ
出演 ヒヤム・アッバス/ディアマンド・アブ・アブード/ジョリエット・ナウィス/ムハマッド・ジハド・セレイク
ナンバー 141
オススメ度 ★★★