こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ホモ・サピエンスの涙

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廃墟となった町の上空を浮遊する恋人たち。学生時代の友人に声をかけたのに無視された男。ベッドの下に全財産を隠し持つ男。宇宙エネルギーを説く学生etc. カメラは多種雑多な人々の日常の1コマを切り取り、彼らが抱く喜怒哀楽のみならず、絶望、後悔、恐怖、嫉妬、あきらめなどあらゆる感情にフォーカスする。細部にまで計算が行き届いた画作りは色彩も動きも禁欲的なまでに抑制されているのに、まるでアンドリュー・ワイエスの素描のように饒舌だ。それぞれにオチがあるわけではない。ヤマのないエピソードもある。それでも徒然に綴られるショットは寓意とメタファーに満ち、登場人物の思いに寄り添うことでイマジネーションを心地よく解放してくれる。なにより “こんな時はこうすべき” といった、教訓めいたところがなく好感を持てる。

高台にある公園のベンチに座る老夫婦はほとんど言葉を交わさず街を見下ろしている。レストランではウエイターがグラス一杯にワインを注ぎあふれ出したのに気づかない。

その他にも、爆撃音を聞き放心するナチス最高指導部や、出迎えのないホームにひとり佇む女、妻らしき女を殴って取り押さえられる男、不機嫌な歯科医など、人生の断片を引きぎみにとらえている。神が信じられなくなった牧師だけは夢の中でイエスの受難を体験したり、礼拝の前に酒を飲んで酩酊状態で聖餐式に臨んだり、診療時間終了後の病院に押し掛けたりする。映画は偏在する神の視点で人間を捉えているのに、神の存在は牧師によって否定されている。神などに頼らなくても人間は大丈夫だという主張がほんの少しだけちらついた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

また、雪原を延々と歩かされる戦争捕虜の群れは特に何も起こらないがゆえの苦悩、銃殺されつつある兵士の命乞いは己の運命に対する不満を象徴する。共感できる描写も多いが、よくわからないのもある。にもかかわらず、想像力をフル回転させながら映像に浸る豊饒な時間は、効率ばかり優先させる世界に生きるわれわれに、ひと息つかせてくれるのだ。

監督  ロイ・アンダーソン
出演  マッティン・サーネル/タティアーナ・デローナイ/アンデシュ・ヘルストルム/ヤーン・エイェ・ファルリング/ベングト・バルギウス/トーレ・フリーゲル
ナンバー  205
オススメ度  ★★★*


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