こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

天国にちがいない

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果樹を盗む男、レストランの店主に因縁をつけるヒゲ兄弟、ヘビの恩返しの話をする老人、銅鍋を運ぶ女、サングラスの警官と目隠しされた女etc. キリストの出身地といわれる土地で暮らす彼には、日常のすべてが映画のワンシーンに見える。劇的な出来事があるとは限らない。だが、目の前で展開する人々の営みはファインダー越しに見ている虚構のよう。物語は、パレスチナの映画監督が新作の企画を持ってパリとNYに売り込みに行く過程を描く。いつも武力衝突が起きているわけではない。厳しい取り締まりや差別を受けているわけでもない。彼の企画は自由社会が抱く “紛争地” の印象からは程遠く認めてもらえない。豊饒なイメージの数々は、実は欧米の大都市の方が危険に満ちていると示唆する。

迷い込んだ小鳥に邪魔されながらも書き上げた脚本を持って、映像作家はパリに飛ぶ。故郷とは違い、女はセクシーに着飾り、男は彼女たちに秋波を送るが、秩序は保たれている。

人通りの絶えたパリ、1人の男が逃走し、3人のセグウェイに乗った警官が追う。道路が交差する広場では電動車いすやローラースケーターが行き交う。地下鉄では無賃乗車男ににらまれ、噴水の周りではベンチの取り合いが繰り広げられる。散文的な映像の連続、それぞれの意味するところは異文化と遭遇した驚きなのだろう、夢も交じっている。そこでは常に彼は傍観者、まれに当事者になることもあるが、その時も自分自身を客観視している。ほとんど台詞はない。にもかかわらず、彼の表情は饒舌に語っている。奇妙なところに来てしまったと。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

さらに遠いNYでは、パレスチナは神聖視されている。真の放浪者とか英雄とか、パレスチナから来たというだけで彼は特別扱いされる。なのに、彼の企画はここでもパレスチナっぽくないと却下。一方で、空港警備で見せる妙技が、パレスチナ人=テロリストの偏見を象徴する。結局彼はパリにもNYにもなじめなかった。天国は居心地が悪い、そんなエリア・スレイマンの強烈な皮肉ににんまりした。

監督  エリア・スレイマン
出演  エリア・スレイマン/タリク・コプティ/アリ・スリマン/ガエル・ガルシア・ベルナル
ナンバー  195
オススメ度  ★★★


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