もう老い先短い身、親友との会話は成人病系薬の効能についての話題でしか盛り上がらない。離れて暮らす娘や孫のことは気になるが、このまま静かに人生の幕を閉じるのも悪くないと思っている。物語は、40年以上前に恋の炎を燃やした元女優がアルツハイマー症を発症したと知った老人が、彼女に自分を思い出させようと奮闘する姿を描く。短い期間だったけれど、心から愛し合っていた。お互いだけが相手を理解していると信じていた。だが、それは道ならぬ関係。それでも彼の心の奥で美しい思い出として鮮明に刻まれている。そして、彼女に同じ記憶を取り戻させることが最期の使命と、老人はあの手この手でアピールする。楽しかったこと、うれしかったこと、ときめいたこと……。それらを再現することで失われた認知機能は改善するのだ。
批評家のクロードは昔付き合っていたリリィが老人ホームに入居していると知り、自分も認知症を偽装して同じ施設に入居する。折を見てクロードはリリィに接近するが、リリィは彼を思い出せない。
今なお凜とした気品を保ち続けるリリィは、ホーム内でも男たちの視線にさらされている。彼女の夫は健在でたまに面会に来るが、リリィの反応は薄い。介護人も四六時中目を光らせている。そんな状況で、クロードはリリィが好きだった百合の花や音楽CDを贈り続ける。その間、クロードはふたりがどれだけ惹かれ合ったかを回想、喜びも悲しみも昨日のことのように覚えている。男は過去の恋を保存するが、女は恋を上書きする。雨ににじむ手紙の筆跡が男の未練と女の割り切りを象徴していた。まあリリィはクロード以外の男も認識していないようだったが。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
リリィの自我を回復させようとするのと同時に、孫娘との新たな関係を築いていくクロード。父親のスキャンダルのせいでハイスクールでハブられていた孫娘は、古典劇の主役を射止めて自信を取り戻す。ただ、その伏線がリリィの脳の刺激になるという展開は少し強引。無理に絡める必要はなかったのではないだろうか。
監督 マルティン・ロセテ
出演 ブルース・ダーン/カロリーヌ・シオル/ブライアン・コックス/セレナ・ケネディ/シエンナ・ギロリー
ナンバー 9
オススメ度 ★★*