こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

茲山魚譜 チャサンオボ

f:id:otello:20211001110027j:plain

かつては王に進言できるほどの高官だった。宮廷内の主導権争いに敗れると重罪人扱いになった。物語は、宗教上の信念から小さな島に流刑になった男の後半生を描く。国のために尽くしてきたのに、送られたのはほとんどの住民が字を読めない漁村。だが、都市部では味わえなかった貝や魚に思わず舌鼓を打つ。島内なら自由に動き回れる利点を生かし、やがて彼はこの島で採取できる魚介類の研究に没頭するようになる。向学心旺盛な若者との出会いは、彼の好奇心にさらに火をつけ、人生の集大成としての博物誌に取り掛かる。奥深く端正なモノクロームの映像は、主人公の知的な一面を浮き上がらせ、行動が制限されていても心は自由であることを象徴する。その背中は、挫折は新たなチャレンジのチャンスでもあると教えてくれる。

先王の側近だったヤクチョンはキリスト教徒を理由に本土から遠く離れた黒山島に流される。そこは多種の海産物に恵まれ、親しくなった地元漁師・チョンデから名前と習性を教わる。

島にある書物を片端から読破するチョンデだったが、異教徒のヤクチョンとはそりが合わない。それでもヤクチョンの深い蘊蓄と開明的な態度に心を開いていく。まだ古典にも触れていないチョンデに、ヤクチョンは「大学」の解釈から始める。そのあたりのヤクチョンとチョンデの関係は「イル・ポスティーノ」を想起させる。知識を得ることで視界を飛躍的に広め、世の中を俯瞰してみる能力を身に着けるのだ。教育こそが貧困から脱出するいちばんの近道なのは、19世紀初頭の朝鮮でも同じ。チョンデが貴族と絶句を競うシーンは、言葉と比喩の応酬が “詩のボクシング” のようにスリリングだった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

チョンデの進歩は目覚ましく、不在だった父から科挙を目指せとアドバイスされる。一方で、官吏になるのはキリスト教を否定につながる。十数年に渡って築き上げられた師弟間の情に葛藤するヤクチョンとチョンデ。良好な人間関係も永遠には続かない、だからこそ今を大切にして生きろとこの作品は訴える。

監督     イ・ジュニク
出演     ソル・ギョング/ピョン・ヨハン/イ・ジョンウン/リュ・スンリョン
ナンバー     174
オススメ度     ★★★*


↓公式サイト↓
https://chasan-obo.com/