こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

PITY ある不幸な男

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大きな声を上げて泣く男。悲しみは深く、肩からは絶望が漂っている。誰もが彼を不憫に思い、心配し、親切にしてくれる。物語は、昏睡状態の妻を持つ弁護士の奇妙な日常を追う。仕事中も妻の容態が気になって仕方がない。先立たれた後のことを考えると頭が真っ白になる。そんな彼を見かねて、階下の主婦は毎朝ケーキを差し入れてくれる。クリーニング店では値引きしてくれる。友人は愚痴を聞いてくれる。秘書はやさしくハグしてくれる。いつしか彼は、“悲劇の夫” であることで享受している周囲の人々の心遣いと親切を当然の権利だと思い始める。泣き声を上げていないとき以外はいつも仏頂面、だが音楽で歓喜を代弁させているところを見ると情動はあるのだろう。いい年したオッサンの異常な「かまってちゃん」ぶりは、非常にユニークだった。

息子と2人で朝食を食べたのち出勤、仕事をこなして妻の見舞いに行き、友人と遊び、老父を訪ね、クリーニング店に行くというルーティンを繰り返す弁護士。ある日、妻が目を覚ましたと連絡が入る。

朝、喪失感からの号泣で始まる1日は、本来避けるべき非日常のはずなのに、いつしか彼にとってはなくてはならないものになっている。ところが、妻が健康を取り戻し近親者が祝福してくれると違和感を覚え始める。もう悲しまなくてもいいのに、余計な心配もしなくていいのに、関心が自分から遠ざかるのが我慢ならない。家族の問題も解決したのに、知人の興味が薄れていくと彼の苦悩は以前より深いものとなっている。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

職業柄、社会的地位も高いのに、何故それほどまでに同情を引きたいのか。彼にはどんなトラウマがあるのか。妻の事故以来生まれた欲望なのか。階下の主婦にオレンジケーキを要求する目つきはすでに正気を失っている。嘘がばれたクリーニング店主に対しても開き直っている。そして妄想は飛躍し、さらなる悲劇へと暴走する。感情と理性のボタンをどこで掛け違えたのだろう。真面目な人間ほど狂気の反動は大きいとこの作品は教えてくれる。

監督     バビス・マクリディス
出演     ヤニス・ドラコプロス/エビ・サウリドウ/マキス・パパディミトリウ
ナンバー     181
オススメ度     ★★★


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