こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ファイター、北からの挑戦者

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天井からぶら下がったサンドバッグを見つめているうちに、つい拳を突き出してしまった。その瞬間、真面目に、おとなしく、息をひそめるように生きてきた彼女の中で眠っていたファイターの魂に火が付く。物語は、ボクシングにのめりこんだ脱北者が、本当の自分を探そうともがく姿を描く。政府は初期の支援はしてくれるが、その後の面倒は自分で見なければならない。話し相手はブローカーだけ、世話役は追い払った。そんな時見つけた、己の心を全開にしてくれる時間。ヒロインは、仕事を掛け持ちしながらも、早朝の街を走りジムでトレーニングに励む。アップを多用したハンディカメラの映像は表情をほとんど変えない彼女の感情を細部まで深くとらえ、わずかな視線の揺れが繊細な気持ちの動きを再現していた。

ボクシングジムの清掃係に雇われたジナは、トレーナーのテスに声をかけられボクシングを習い始める。ジムの館長も彼女の才能に目を見張り、本格的なトレーニングを彼女に課す。

ボクシングを始めたからといってすぐに性格が変わるほどジナは単純ではない。北での苦労、母に捨てられた恨み、中国で捕まった父……。さまざまな思いが交錯し、戦っている時だけ純粋に自分のことに没頭できるのだろう。テスに誘われて遊園地に行ったとき、はじめて若い娘らしい笑顔を見せる。飢える心配はなくなっても、今度は生きるために自分から行動を起こさなければならない。偏見とも逃げずに戦う。そんな脱北者の現実がジナの眉間に凝縮されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、プロを目指すというジナが血のにじむような特訓をこなしている過程は描かれず、男子ボクサーのように鍛え上げた筋肉を披露するわけでもない。肉体的な変化で精神的な成長を表現できるのに、そこを省略したのは残念だ。一方で、カメラはひたすら長いショットを多用して、彼女の内なる葛藤を浮き上がらせようとするが、やはりボクシングは闘争本能をむき出しにするものだと思う。接近戦中に客席に気を取られパンチをもらうなどとはもってのほかだ。

監督     ユン・ジェホ
出演     イム・ソンミ/オ・グァン/ペク・ソビン
ナンバー     209
オススメ度     ★★


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