しなやかに攻撃をかわしたかと思うと、体を回転させながら手刀や蹴りを繰り出してくる。時にバレエダンサーのように優雅で、時にコサックのように勇猛。主人公の前に立ちはだかる怪異なロシア人が圧倒的な存在感を示していた。物語は、民間スパイ組織の創設譚を描く。全ヨーロッパを巻き込む戦争が始まろうとしている。防ぐ手立てを講じるが、背後で壮大な陰謀を企む秘密結社が糸を引いている。表立っては政府も正規軍も動けない。そんな時、頼れるのは正義感の強い民間人。愛妻を亡くした哀しみは色あせることはないが、成長した息子は早く大人になろうと意気込んでいる。英国側から見た、世界秩序を乱そうとする者はすべて悪と定義された設定は、悩めるヒーローや愛すべき悪党といった多様性を持つ近年のヒーロー映画とは一線を画し、明快かつ痛快だ。
オーストリア大公が暗殺され大戦がはじまる。オーランドは周辺国の状況を探るために息子のコンラッドと共にロシアに赴くが、彼らの前にラスプーチンが立ちはだかる。
ラスプーチンは羊飼いと呼ばれる男の命令でロシア皇帝を掌中に収めている。羊飼いは、ドイツや英国・米国にもスパイを送り込み、大戦を同盟国側に有利な展開に持ち込もうとしている。その間、成人に達したコンラッドは陸軍に志願、前線に送られる。迷路のように入り組んだ塹壕に身を隠し敵と対峙している間、休まる暇はない。それでも貴族の誇りが敵に背中を見せることを許さない。一兵卒の身分を得たコンラッドが命の危険を顧みず英雄的な行為に身を投じる展開は、このテーマだけで映画一本作れそうなほど濃密な時間だった。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
卓上台地の上に設けられた羊飼いのアジトを発見したオーランドは単身潜入を試みる。まだ、飛行機もパラシュートも一般的ではなかった時代、主人公の感覚を視覚化して緊張感を盛り上げるのではなく、あくまで第三者の視点で描かれたアクションの数々が非常にクールでスタイリッシュだった。ヤギが前後の脚を支えにして断崖絶壁を登っていくシーンには思わず笑いを漏らした。
監督 マシュー・ボーン
出演 レイフ・ファインズ/ハリス・ディキンソン/ジャイモン・フンスー/ジェマ・アータートン/リス・エバンス/トム・ホランダー/チャールズ・ダンス/マシュー・グード/ダニエル・ブリュール
ナンバー 234
オススメ度 ★★★*