こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

林檎とポラロイド

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バスの中で居眠りをしていた。気づいたら終点、運転手に起こされた。ところが、何者でどこから来たのか全く覚えておらず、身分を証明するモノも一切ない。物語は、突然の記憶喪失に襲われた男が自らのアイデンティティを作り出していく過程を描く。幸い言語能力や運動能力、思考能力は失っていない。医師が指示した方法に従い経験を重ねる。そしてその日自分が何をしたか写真に記録することで新たな記憶を紡いでいく。彼の行動は、理性と感情のみならず記憶こそが人間を人間たらしめるもっとも重要な要素であると訴える。まだアナログ機器しかなかった時代、日々の行動を写真に記録して他人に見せるなんて管理されているようで嫌だったはず。その設定は、リア充自慢全盛のSNSを強烈に皮肉っていた。

人生回復プログラムを受ける男は、住居とカネを与えられ日々カセットテープで送られてくるミッションを実行に移す。まずは自転車に乗れとの指令に、男は子供から自転車を借りる。

その後も、仮装行列やホラー映画など、男は真面目に課題をこなしていく。そして、同じプログラムを受けている女と出会う。彼女と過ごすうちに、課題のひとつだった異性との交流が、少しずつ恋愛感情に変わっていく。それは激しく燃え上がるようなものではなく、硬質で研ぎ澄まされた感覚。一夜を共にすることで、男は彼女との距離を縮めたと感じるが、彼女の方はそうでもない。そんなすれ違いや勘違いをきちんと理解できてこそ、本当の人間らしさを回復させたと言えるのに、男はどこか無機質だ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

隣人の犬が匂いを覚えていて、自分も犬の名を覚えていたことから、男は少しずつ自らの過去の手掛かりをつかんでいく。劇的な演出もなく演技も抑制が効いている。あらゆる虚飾をそぎ落とした寡黙な映像は、必要以上のモノや記憶を持つことでむしろ人間は不幸になっているのではないかと問いかける。一切の過去やしがらみを断ち切って人生をやり直すのも、素晴らしい体験かもしれない。

監督     クリストス・ニク
出演     アリス・セルベタリス/ソフィア・ゲオルゴバシリ/アナ・カレジドゥ/アルジョリス・バキルティス
ナンバー     49
オススメ度     ★★★


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