夢は追うなときっぱり言われた。スキルもセンスも必要のない大量の事務仕事を与えられた。それでも、いや、だからこそ積極的に己の能力を証明して仕事を勝ち取らなければならない。物語は、出版エージェントに就職した作家志望の女が、作家へのファンレター処理係をするうちに文学の奥深さに目覚めていく過程を描く。共感、感謝、嘆願、招待etc. 様々な内容のファンレターには、書いた人の人生が色濃く投影されている。彼女はそれらの手紙をチェックしたらシュレッダーにかけろと命令される。ファンの思いを踏みにじる行為に加担するのを彼女は潔しとしない。独断で返事を送り始めた彼女は、それが他人の人生を変える可能性のあることに気が付かない。結果だけが求められる世界で生き残る術を模索するヒロインの強烈な上昇志向が印象的だった。
作家を目指すジョアンナは厳しい上司・マーガレットの元で日々単純作業に追われ創作の時間を持てない。ある日、サリンジャーからの電話を受け、マーガレットに取り次ぐ。
隠棲したサリンジャーの唯一の窓口がマーガレット。ジョアンナはサリンジャーの偉大さを知らず、慌てて単行本を探す。このあたり、自国の伝説的作家の代表作を読んでいない文芸出版関係者が米国にもいるのかと変なところで驚いた。努力を苦にしないジョアンナは自宅残業で「ライ麦畑」の世界観を自分なりに解釈し、この小説の主人公ならどう考えるかをしたためた返信を送る。ファンを大切にするだけでなく、キャラクターを理解しその人になり切れる。ジョアンナにとって手紙の代返は絶好の文学修行になったに違いない。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
恋人との別れや有名作家との交流、文壇ホテルでのティーブレイク、雑誌編集者のスノッブさなど、1990年代NYの猥雑さと洗練が再現された映像はシャープ。しっとりとした音楽の使い方もセンスが良く、平和と繁栄を謳歌していた時代の、厳しいけれどギスギスしていない空気がとても身近に感じられた。何より、現状に甘んじないジョアンナの生き方がまぶしかった。
監督 フィリップ・ファラルドー
出演 マーガレット・クアリー/シガニー・ウィーバー/ ダグラス・ブース/サーナ・カーズレイク/ブライアン・F・オバーン/コルム・フィオール
ナンバー 83
オススメ度 ★★★*