笑の大学
ポイント ★★★*
DATE 04/11/5
THEATER シネクイント
監督 星護
ナンバー 129
出演 役所広司/稲垣吾郎
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
一度も笑ったことのない人生とはどんなものだろう。自分の周辺から喜劇的なものを徹底的に廃し、なおかつどんなハプニングにも心を動かされない無関心が必要とされる。おかしな物をおかしいと思わずただ冷静に自分の感情を制御する。笑うという自然に沸き起こるエモーショナルな反応を徹底的に封じ込めるのは、人間性を否定するもの。しかし、それが必要とされた職業・時代があったことが何よりも恐ろしい。言論統制と戦う喜劇作家の姿を通して見事な反戦映画に昇華している。
日中戦争さなかの昭和15年、喜劇作家の椿は新作の検閲を受けるため警視庁を訪れる。決して笑ったことがないという検閲官の向坂は、椿の喜劇台本にいちいち難癖をつけ、手直しを迫る。椿は向坂の要請を受け入れ何度も書き直すが、そのたびに台本は喜劇として洗練されていく。いつしか向坂も夢中になって手直しに加わり、やがて傑作ともいえる台本が完成される。そしていつしか向坂は笑うことにためらいをなくしていく。
物語はほとんど椿と向坂の二人が狭い検閲室の中で向き合って進行する。役所広司と稲垣吾郎が向き合うシーンと、二人のアップが繰り返される。俳優にとっては逃げ道のない厳しい環境の中で、顔の筋肉を動かし声に気持ちを注ぐ。自分の台本を上演したい一心の椿を演じる稲垣は直球勝負で情熱を全身でぶつけてくる。それに対し、おかしくとも笑えない向坂を演じる役所は顔の上半分だけ笑ったり下半分だけほころばせたりと、かなり複雑で高等な演技メソッドを披露する。
本来は舞台で演じられる二人芝居なのだろう。やはり映画では息抜きのシーンも当然必要で、カメラに時々浅草の街を復元したセットを散歩させる。また、台本を実演する必要に迫られたとき、舞台で実際に演じられる椿のイメージを挿入するのではなく、検閲質の中で椿と向坂にさせているところがいい。そのあたりの時間的配分が理想的で、久しぶりに腹を抱えて笑えた。ただ、後半の向坂のはしゃぎぶりと取ってつけたようなエピローグには首をかしげる。笑わない男を笑わせたというだけで十分に主題は伝わると思うのだが。