こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

辰巳

生意気な口を利く。何事にも反抗的で態度も大きい。気に入らない大人には平気でガムを吐きつける。血なまぐさい世界で生きてきた本物のヤクザ相手にも決してひるまないヒロインが強烈なインパクトを残す。物語は、死体処理専門のヤクザが姉夫婦を殺された娘の復讐を手伝ううちに追い詰められていく姿を追う。鉄砲玉兄弟に目をつけられた主人公は、パワーバランスを巧みに利用して逃げ切ろうとするが、組織はそれほど甘くない。信頼していた兄貴分は自分の立場を守るためにさまざまな画策をしている。交流のある同業者も欲得でしか動かない。さらに娘の暴走で立場は悪くなるばかり。怒りや焦り、逃げ出したくなる衝動を抑えて娘を守ろうとする主人公の感情がリアルに再現されていた。命を張ったサバイバルゲームは最後まで緊張感が途切れない。

売り上げをくすねていた姉夫婦の殺害現場に居合わせた葵は、殺し屋兄弟に殺されそうになり辰巳に救われる。姉の死体をトランクに積んだまま逃げる辰巳は後藤の工場に身を寄せる。

無思慮で短気な葵は大人の男に対して強烈な不信感を抱いている。だが、辰巳は自分を真剣に心配してくれていると知るうちに、辰巳には心を開くようになる。険しい顔で近寄る男すべてに敵意をむき出しにしていた彼女が姉の恋人に誘われた話をするなど、頼れるのは辰巳しかいないと思い始めるのだ。辰巳に見せる笑顔はぎこちないけれどチャーミングで、年ごろの娘の一面も持ち合わせている。ギリギリの綱渡りの中でますます表情が硬くなっていく辰巳と対照的だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

辰巳と葵だけでなく、兄貴分、殺し屋兄弟、くず鉄工場の後藤、シャブをくすねた男など、一度顔を見たら忘れられないほど癖のあるキャラクターが勢ぞろいした映像は、香港ノワールのようにエネルギッシュでパワフル。カメラワークやライティングなど、黒社会でしか生きられない男女の哀しみが視覚的にもエモーショナルに表現されていた。廃車工場に向かう一本道が天国に通じるかのような美しさだった。

監督     小路紘史
出演     遠藤雄弥/森田想/後藤剛範/佐藤五郎/倉本朋幸/亀田七海/ 藤原季節
ナンバー     14
オススメ度     ★★★★


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https://2023.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3602ASF10

僕らの世界が交わるまで

優秀な少年に大学教育を受けさせようとする女と、少女のポエムに曲をつけてライブ配信する少年。自分の行動は社会に役立っている、誰かを幸せにしていると信じている。物語は、DVシェルターを運営する母の善意とミュージシャン志望の息子の理想が空回りする様子を描く。母を頼ってきたシンママは人生に高望みをせず、その子も肉体労働が好き。息子のクラスメート女子は不公正な世界を正そうとしている。母と息子はそれぞれの方法で彼らにかかわろうとする。似たもの同士の母と息子は喧嘩ばかりしているのに、やがてお互いこそが最大の理解者だと気づく。善人が良心に基づいて支援しているのにかみ合わない、リベラル思想家たちの価値観の押しつけがリアルに再現されていた。

エブリンが責任者を務めるシェルターに母子が避難してくる。エブリンは息子のカイルが真面目で優秀なのを見て、勝手に大学の資料を集める。

エブリンの息子・ジギーは自作の歌を配信し投げ銭で小金を得ているが、環境保護活動をしているライラが詠む「搾取の詩」に曲をつけて彼女の前で歌うと感謝され有頂天になる。このあたり、単なる朗読より言葉をメロディに乗せることでメッセージがより伝わりやすくなるという「歌の力」の大きさを教えてくれる。ジギーは己の影響力を過信しほとんどカネを生まないエブリンの仕事を見下したりするが、「好きなこと」「アイデア」「IT技術」で稼ぐZ世代と、「人間関係」「行動力」を重視するX世代のギャップが鮮明でその対比が時の流れを感じさせる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

「搾取の歌」の配信で投げ銭を得たジギーは活動資金になると得意になるが、ライラは利用されたと感じる。カイルを心配するエブリンはおせっかいを煙たがられる。他人の気持ちを察するにはまず身近な家族を思いやれというの教訓は、あらゆる「意識高い系」人々へ強烈な皮肉を放っていた。

監督     ジェシー・アイゼンバーグ
出演     ジュリアン・ムーア/フィン・ウルフハード/アリーシャ・ボー/ジェイ・O・サンダース/ビリー・ブリック/エレオノール・ヘンドリックス
ナンバー     21
オススメ度     ★★★


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https://www.culture-pub.jp/bokuranosekai/

サイレントラブ

目の見えない女と口がきけない男。女は相手の顔がわからないまま一方的に話し、男は女の手を指タップして意思を伝える。物語は、ピアニストを目指す女と彼女を支えようとする男の寡黙な愛を描く。音楽を志すだけの財力に恵まれた家庭に育ち、挫折知らずだった彼女は交通事故で視力を失い絶望している。社会の底辺で真面目に働いている彼は、彼女の期待を裏切るまいとやさしい嘘をつく。叶わぬ願い、すれ違う思い。それでもお互いを必要とするふたりは運命に翻弄されていく。障害があるからこそ出会い、障害があるからこそ思いやりが深くなる。ピントの合わない瞳が視力を失った哀しみを象徴し、喉元の傷跡が声を失った苦悩と後悔を暗示する。ベタな設定のラブストーリーではあるが、持つ者と持たざる者という社会の格差を浮き彫りにしていく過程は、身分差を越えた恋は成就するのかと問いかける。

飛び降り自殺を図った美夏を救った蒼は黙ってその場を去るが、音楽室の前で再会する。蒼は大学の雑用係だがピアノ専攻と偽り、ピアニストの北村を雇って自分の代わりに演奏させる。

美夏は北村の演奏とは知らずにその音楽に酔い、蒼がピアニストと信じている。蒼は気づかれないように美夏に寄り添い、安全に歩けるか見守っている。忌まわしい過去ゆえに夢を見ることが許されない蒼が、美夏の成功を願って見返りを求めない無償の善意を送り続ける。決して許されない、幸せにはなれないと自らを戒めて生きる蒼の、声にならない心の叫びが哀しくも切なかった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて蒼の親友が誤解したことから悲劇が起き、蒼は美夏を救うために究極の愛を選択する。沈黙こそ饒舌、言葉にしないことで感情を伝える蒼の瞳はどこまでも澄んでいた。 本筋とは離れるが、女子トイレを盗撮するのは男というアンコンシャスバイアスに一石を投じるエピソードは秀逸だった。

監督     内田英治
出演     山田涼介/浜辺美波/野村周平/吉村界人/SWAY/中島歩/辰巳琢郎/古田新太
ナンバー     20
オススメ度     ★★★


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https://gaga.ne.jp/silentlove/

コット、はじまりの夏

家では親兄弟に邪険にされ、学校では誰にも相手にされない。自己主張することもなく、ただ心を閉ざして日々をやり過ごしている。物語は、そんな少女が親戚の家に預けられ大切に扱われるうちに自我を芽生えさせていく姿を描く。叔母さんは自分に対し丁寧に接してくれる。少し気難しそうな叔父さんも一緒に働くうちに打ち解けた態度を見せてくれる。なにより怠惰な両親とは違い、日々働くことと生活することに気を配り、人生に対し真摯に向き合っている。やがて少女は彼らを信頼し本当の保護者のようになついていく。アイルランド農村地帯の短い夏、ヒロインが少しずつ笑顔を取り戻していく過程は、日常と人間関係を疎かにせず助け合ってい生きる大切さを教えてくれる。

夏休みの間、子供がいないショーンとアイリン夫婦に引き取られた9歳のコット。アイリンの家事とショーンの酪農を手伝ううちに、実家では味わえなかった幸福を実感していく。

酒とかけ事に夢中でコットに愛情のかけらもない父。食事を終えた皿にタバコの吸い殻を押し付けるあたり、この男の人間としてのレベルがうかがい知れる。母も子だくさんゆえにコットにまで目が行き届かず、きょうだいもコットとは一線を引いている。その原因は不明なのだが、コットが家族内で孤立しているのは確か。だがアイリンはコットにお古の子供服を着せわが子のように慈しみ愛おしむ。井戸水汲み、牛舎の掃除、スグリのジャムづくり、郵便物チェックetc. ひとつひとつは小さな体験、でも初めて大人からひとりの人間扱いされて表情を取り戻していくコット。信頼されるにはまず信頼するのが肝要と彼らの絆は訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

そして明らかになる夫婦の過去。別に秘密にしていたわけではないが、もう二度と悲劇を繰り返したくないと願うショーンの微妙な振る舞いが、いかに彼らが深い悲しみに沈んでいたかを象徴していた。

監督     コルム・バレード
出演     キャサリン・クリンチ/キャリー・クロウリー/ アンドリュー・ベネット/マイケル・パトリック
ナンバー     19
オススメ度     ★★★


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https://www.flag-pictures.co.jp/caitmovie/

ファイアバード

好意を寄せる女とはイマイチ距離を詰められていない。そんな時異動してきたイケメンの上官。女は上官の気を引こうとするが、自分もまた彼に特別な感情を抱いていることに気づく。物語はソ連支配下エストニア、空軍基地で知り合った一兵卒と士官の性愛を描く。同性愛は重罪だった時代、内務監査が目を光らせ風紀を取り締まっている。決して知られたはいけないふたりの関係、女を間に挟んで巧みにカムフラージュするがやがて少しずつほころびをせ始める。相互監視と内部告発・密告が当たり前だった時代、必死で己をコントロールしようとする男たちの繊細な感情がリアルに再現されたいた。波にもまれながら男同士で愛し合うシーン、同時に絶頂を迎えた瞬間を並行して上空を飛行すロケット弾で表現するあたりエスプリが効いていた。

二等兵のセルゲイは新たに赴任してきた大尉・ローマンの豊かな教養とセンスに共感する。ある日、セルゲイはローマンにバレエ「火の鳥」の全体稽古を見せられ、感動する。

ローマンもまた演劇志望のセルゲイには軍隊では味わえない知的な興奮を覚えていて、写真を口実に接近していく。“運命を決めるのは星ではなく自分自身” という言葉をセルゲイに贈ることで彼の気持ちを推し量ろうとするあたり、たとえ相手が同性でもちょっとした言動の裏にメッセージを含ませるという恋の駆け引きが有効であると示す。圧倒的に男が多い軍隊の世界、少数の女を巡って争うよりも男同士で性欲を処理し合う方が合理的と考える人間がいてもおかしくない。そのあたり、ホモセクハラ・パワハラにならないように気遣うローマンの理性はエリートパイロットらしいやさしさに満ちていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

除隊したセルゲイはモスクワで演劇に転身、ローマンはかつてセルゲイが好きだった女と結婚するが、その後も彼らはは密会を繰り返す。セルゲイもローマンも基本的には異性愛者、なのに彼らは同性愛に目覚める。そのトリガーとなるのは「美と芸術」に対する理解なのは大いに説得力があった。

監督     ペーテル・レバネ
出演     トム・プライアー
ナンバー     211
オススメ度     ★★★*


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https://www.reallylikefilms.com/firebird

緑の夜

緊張した面持ちで乗客のチェックをする女保安員。彼女の胸の内を見透かしたように不敵な笑みを浮かべる緑髪の女。ふとしたきっかけで知り合った2人は後戻りできない旅に出る。物語は、運び屋が横取りしたドラッグを捌くために奔走する2人の女の暴走を描く。保安員は外国出身ゆえ人権を制限されているのか夫の暴力に耐えている。緑髪の女はもともと失うものがないのか、ちょっとしたことでは動じない。ひとりではどん詰まりになるのは見えている。ならば協力して運命を切り開いていこう。だが、夜の大都会を駆けずり回り打開策を探っても、彼女たちを利用するばかりの男たちが手ぐすねを引いて待ち伏せしているだけ。それでも決して絶望せず走り続ける女たちの瞳は自分の意思で行動する喜びに満ちていた。

緑髪の女のドラッグを換金して自由になろうとするジャは、夫の家に立ち寄る。そこでDVを受けるが緑髪の女に助けられ、行きずりの男から奪ったルームキーでホテルの部屋に一泊する。

緑髪の女の組織はジャの上司を買収しているらしく、悪徳刑事も一枚噛んでいる。男たちは、ジャが緑髪の女と一緒にいることを察知し、2人の行方を追っている。ゆく当ても頼れる人脈もない2人は少しずつ逃げ場を失っていく。捕まったらおそらく命はない。交渉の余地もない。それでもまだ生きている。あきらめなければなんとかなるかもしれない。根拠のない希望を信じて彷徨する2人は、束縛から解き放たれた現在を精一杯謳歌しようとする。もはや彼女たちに未来はないのはわかっている。だからこそ、一瞬だけでいいから人生を輝かせたい。そんな、抑圧された日常を送ってきた女たちの心の叫びが切なくも共感を呼ぶ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

説明的な描写はほとんどなく、彼女たちの過去や置かれた状況は推察するしかない。だからこそ、感情がすぐに顔に出てしまうジャよりも、まずい状況になっても飄々とした態度を崩さない緑髪の女の笑顔がミステリアスかつ魅力的だった。ソウルではヘルメットなしでバイクに乗ってもOKなのか。。。

監督     ハン・シュアイ
出演     ファン・ビンビン/イ・ジュヨン/キム・ヨンホ/キム・ミングィ
ナンバー     18
オススメ度     ★★★


↓公式サイト↓
https://midorinoyoru.com/

哀れなるものたち

ビビッドだがやわらかな色彩、丸みをデフォルメされた造形、そこで繰り広げられるヒロインの冒険はエロティックで刺激的。ティム・バートンの世界観により深い奥行きを与えたような映像はユニークで、ヒロインが見聞する嫉妬と欲望に塗れた人間界の業を胸躍る悪夢に変換する。物語は、赤ちゃんの脳を移植された女が自己探求の旅を通じて成長していく姿を描く。マッドサイエンティストの実験台だった。真面目な婚約者がいた。ところが、女たらしの男に見せてもらった下界はむしろ彼女を啓蒙し、さらなる冒険に彼女をいざなっていく。脳が体にフィットおらず所作も言葉もぎこちなかった彼女が徐々に滑らかに関節を動かし語彙を増やしていく過程は、好奇心と体験こそが人を成長させると教えてくれる。エマ・ストーンの身体表現力に目を見張った。

ゴドウィンに生み出されロンドンの屋敷で生活していたベラはダンカンとリスボンに駆け落ち、セックスの気持ちよさに目覚める。同時に街で見聞を広めていく。

ベラは目にした現実と耳にした言葉を丁寧に吟味し蓄積していく。ディープラーニング並みのスピードで学習し、さらに読書で心も豊かにし、ダンカンの卑小さに嫌悪を覚え始める。そして貧民窟で死んでいく子供たちを見て何をすべきかを知る。ゴドウィン邸に閉じ込められ無知で無垢だったベラが自由を知り自我に目覚め矛盾に気づき自立していく。肉体という資源を最大限に生かして「男」とは何かを研究するシーンは陳腐なフェミニズムにおもねることなく、売春ですら女としての価値を高める崇高な儀式に昇華していた。肛門に指を入れるか首を絞めるとイクというのは本当なのだろうか。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ロンドンに戻ったベラはゴドウィンの弟子・マックスとの結婚に同意する。そのころにはベラはすっかり近代的な知識と価値観を身に着け、文学哲学医学などゴドウィンらと対等な会話ができるようになっている。一方で女を見下す男たちが身を滅ぼすのは痛快だった。その点、パリジャンは変わっているが洗練されていた。

監督     ヨルゴス・ランティモス
出演     エマ・ストーン/マーク・ラファロ/ウィレム・デフォー/ラミー・ユセフ/ジェロッド・カーマイケル/クリストファー・アボット/スージー・ベンバ/キャサリン・ハンター/マーガレット・クアリー/ハンナ・シグラ
ナンバー     15
オススメ度     ★★★★*


↓公式サイト↓
https://www.searchlightpictures.jp/movies/poorthings