こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

月に囚われた男

otello2010-04-12

月に囚われた男 MOON


ポイント ★★★*
監督 ダンカン・ジョーンズ
出演 サム・ロックウェル/ケヴィン・スペイシー
ナンバー 87
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています


血は流れ痛みも感じるのに肉体はコピー、昨日のことのように覚えている記憶も偽物、しかしそこに宿る心は本物。自分がいったい何者で、どういう未来が待ち受けているのかを知ってしまった男が、定められた運命と戦う決意をする。美しい妻と可愛い娘、彼女たちと愛し合った思い出だけが生きてきた証なのに、それすら幻に過ぎない。危険で孤独なミッションを遂行する主人公がアイデンティティクライシスに直面し、克服していく過程で、恐るべき事実に突きとめる。無機質なモノトーンの世界で繰り広げられる静謐な悲劇、捨ててもいい命などあってはいけないことをシャープでスタイリッシュな映像が再現する。


月の裏側でエネルギー資源掘削に当たるサムは、あと2週間で任期が終わり地球に戻るのを楽しみにしている。そんな時、月面作業車を操縦中に事故にあい、気がつくと基地に戻っている。そこにはサムと瓜二つの男がいた。


基地をコントロールするコンピューター・ガーティの優しさが今風だ。HAL9000のように人間を支配下に置いたり怒りや恐怖といった感情も見せない。しかも「サムを助けるのが仕事」と基地の秘密を守るより積極的にサムに協力するのだ。過去に任務に就いた者たちの記録を古いほうのサムに見せ、2人のサムが事業計画を狂わせようとしても、妨害するどころか見て見ぬふりをする。役目が終わったクローンたちがたどった道はガーティにとっても耐えがたかったのだろうか。感情をプログラムされたコンピューターには理性が働くというこの映画の思想に安心感を覚えた。


やがてお互いがクローンであると悟った2人のサムは、生きたまま地球に戻る計画を立て、実行に移す。寿命が尽きかけた古いほうのサムが犠牲になって新しいサムを救おうとするが、その際に2人で妻の思い出話をする。細部にいたるまでまったく同じ、だがそれはオリジナルの記憶であって彼らのものではない。わかっていながらその話題を懐かしそうに語り合う姿は、2人で力を合わせた時間を忘れないようにして、クローンに生まれても実感できる人生が存在したことを確認しているよう。はかなさの中に切なさが身にしみるシーンだった。