未来を生きる君たちへ IN A BETTER WORLD
ポイント ★★★*
監督 スサンネ・ビア
出演 ミカエル・バーシュブラント/トリーネ・ディアホルム/ウルリク・トムセン
ナンバー 194
批評 ネタばれ注意! 結末に触れています
腹を切り裂かれた妊婦、腕を切り落とされた男、高熱にうなされる幼児…。あまりにも多くの憎悪と悲劇を目にしたせいで、憂いを含んだ男の瞳はどこか遠くを見ているよう。いじめに遭いながらもひたすら耐える彼の息子は、達観したかのようにあきらめている。嘘と偽善に満ちた世界で正義を成そうとする少年は怒りをたぎらせている。暴力にはあくまで理性で立ち向かうべきなのか、むしろ抑止力として積極的に行使すべきなのか。映画はあえて答えを出さない。確実なのは、暴力の先には血が流され新たな憎しみを生みだすことだ。
アフリカの難民キャンプで医師を務めるアントンは日々運び込まれる患者に忙殺されている。彼の長男・エリアスはデンマークの学校でいじめられていたが、転校生のクリスチャンに助けられ、仲良くなっていく。
幼児の喧嘩を仲裁した時、アントンは子供の父親に一方的に殴られる。その場にいたクリスチャンは、なぜやり返さないのかと問いただす。アントンは男の元にクリスチャンとエリアスを連れて抗議に行くが、そこでも無抵抗を貫き、子供たちに人の理を説く。銃が支配するアフリカの闇を体験しているアントンにとって、素手の相手など恐れるに足りない存在、暴力に対して暴力で応じない勇気を示すのだ。
◆以下 結末に触れています◆
しかし、虐殺を繰り返す民兵の指揮官・ビッグマンが難民キャンプに来た時、アントンは“医師の務め”と彼の足を治療する。もちろん治療を断れば自分だけでなく難民たちにも被害が及ぶのを危惧したのだろうが、アントン自身も命の危険に脅えていたはず。ところが丸腰のビッグマンを難民の前に引きずり出し、なぶり殺しにさせたりする。結局、己の手は汚さず暴力を黙認してしまったアントンの姿は、彼も聖人などではない、苦悩するひとりの人間である真実を浮き彫りにする。戦場では、非暴力の理想は暴力という現実の前では無力。それでも、戦争や暴力の根絶は無理でも減らすのは可能と、人間の良心に訴える姿勢にわずかな希望が見出せる作品だった。